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「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

なぜソーシャルゲームだけが儲かるのか。

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「4,360億円だってさ」
「それって、どれぐらいスゴイの?」
「映画が1,800億円ぐらい、まんが雑誌が1,500億円ぐらいだよ」
「待ってください。何の数字ですか?」
「市場規模だよ。ソーシャルゲームの市場規模は4,360億円だそうだ」
渋谷、道玄坂の居酒屋。三人で頭を付き合わせていた。経験豊かな編集者と、気鋭の雑誌ライター、そして泡沫ブロガーという組み合わせ。自分の場違いさに目を白黒させながら、私はビールを舐めていた。
「ヤバいよね、ソーシャルゲーム市場って。ネオヒルズ族なんかよりも、ずっとヤバいよ」
「ヤバいなぁ」
「ヤバいですねぇ…」
三人とも「日本語」を道具にしている人間だ。うぬぼれかも知れないが、豊かなボキャブラリーを持っているはずの三人だ。その三人をして「ヤバい」と言わしめるほど、ソーシャルゲーム業界は儲かっている。
タコわさをつつきながら、私たちは頭をひねった。
「一体どうして、そんなに儲かるんだろうね」



      ◆




身もふたもないが、ソーシャルゲームが儲かる理由は「データが採れるから」である。
製品の製造工程から消費者の購買行動に至るまで、すべての段階をデータで管理できる。統計解析によって最適な手を打てる。商売の上流から下流まで、すべてを数字で把握できるのだ。そんな商売は、ソーシャルゲームが現れるまで存在しなかった。



たとえばタバコや酒のマーケティングは、わりとかんたんだと言われている。(と書くと、メーカーの担当者から蹴っ飛ばされてしまうかもしれないが)20歳になるまでは購入できず、また定年退職後には消費量がガクッと下がることが知られている。かつてタバコや酒は男性向けの嗜好品だったが、近年では女性の消費者が増えている。背景には、女性の社会進出がある。世の女性たちが「男並み」に働くようになった結果、タバコや酒といった男性向けの嗜好品をたしなむようになった。
つまり、タバコや酒は20歳以上の有職者が ── いわゆる「現役世代」がメインターゲットだと言える。したがって、新製品を開発したり、新規プロモーションを企画する際には、現役世代のどのセグメントを狙うのか、あるいは現役世代の外にニッチな市場はないか……と考えていく。「タバコや酒は現役世代のもの」という事実をある種の土台・基準点として、マーケティングを進めていくのだ。
似たような例では、おむつ業界も同じかもしれない。おむつを買うのはどんな人か? と想像した際に、かんたんに顔を思い浮かべることができる。トイレに行けない赤ん坊もしくは老人のいる家庭で、しかもスーパーに買い物に行く人がメインターゲットになるはずだ。ほら、具体的な顔をイメージできるでしょう? そう、あなたのお母さんだ。
タバコや酒、おむつ。これらは買う人の顔をわりとかんたんに想像できる製品だ。だから願望や空想によらない、精緻なマーケティング戦略を立てやすい。
しかし嗜好が多様化した現代において、こうした製品はかなり珍しい。多くの業界では「どんな人が買っているのか具体的には分からない」まま、日夜、商売が営まれている。



ジャン・ボードリヤールは、現代の消費活動が「記号的消費」だと看破した。
消費者は製品の使用価値にカネを払っているのではなく、その商品を手にすること自体のステータスや、その商品がもたらす日常・ライフスタイルにカネを払っている。
たとえば文章を書くだけならMacBookでなくてもいい。Wi-Fiがつながるなら、どんな喫茶店でも仕事はできる。しかし私たちは「スタバでMacBookを広げる」というライフスタイルにカネを払っているのだ。なぜMacBookを買うのか、そしてなぜスタバを利用するのか、商品の使用価値だけではうまく説明できない。
消費者が「記号的消費」を行っている場合でも、マス・マーケティングが有効な時代はよかった。
テレビや新聞が幅を利かせていた時代、人々の嗜好はいまほど多様化していなかった。人々の求めるライフスタイルを、マスメディアがコントロールできた。だから性別や年齢、職業、地域といった二次的なパラメータから、消費者像を想像して、マーケティングを企画できた(のだろう。私はその時代を知らない)。
一昔前、若い男なら誰でもスポーツカーを欲しがるものだった。若い女なら誰でも高級ホテルのフレンチと東京湾のナイトクルーズに喜ぶものだった。なぜか? マスメディアがそういうテンプレ的なライフスタイルを提案して、消費者もそれにノッていたからだ。
冷静に考えれば「20代男性なら○○を必ず欲しがる」とは、おかしな話だ。
人間には個性があるのだから、一人ひとり違う消費行動をするのが自然だ。記号的消費ならなおさらである。レミングの大群よろしく同じ方向に足並みを揃えるのは、きわめて不自然だ。本人たちの自発的な欲求からモノを消費しているのではなく、外発的な要因 ── すなわちマスメディア ── によって、消費行動を支配されていたと考えるべきだろう。「××歳になったら△△を買いましょう」と喧伝するマスメディアの存在なくして、年齢や性別によるマーケティングは成り立たない。



インターネットが発達し、テレビが力を失いつつある現在、人々はより自発的な欲求からモノを買うようになった。
マンガを読むのは、マンガが好きな人である。
ラーメンを食べるのは、ラーメンが好きな人である。
たとえば「40代男性にアイドルが受けている」という傾向を抽出することはできるだろう。しかし40代男性のすべてがアイドルを愛好しているわけではない。「40代・男性」というパラメータは、あくまでも二次的なものでしかない。商品を送り出す側が欲しいのは、より一次的な消費性向だ。あなたがラノベ編集者だとしよう。街を歩く人を1人捕まえてきたとしよう。あなたに必要なのは「ラノベ読者には○○歳の男性が多い」という傾向ではなく、「目の前のその人がラノベを好きか嫌いか」だ。「その人はラノベ以外にどんなものに興味を持っているか」だ。そういう一次的な情報がなければ、嗜好の多様化した時代に精緻なマーケティングは行えない。
そして現時点ではソーシャルゲームだけが、そういった一次的な情報に基づくマーケティングを行える。
あるゲームに毎月課金する人が何人いるのか、月1万円課金する人と、100円しか課金しない人との間に、消費傾向の違いはあるのか。毎月10万円をつっこむ人は、どんなタイミングで課金しているのだろう。毎月1000円ずつ使う人は、どんなタイミングでカネを払っているのだろう。そのタイミングを増やせば、同じような消費傾向の人を増やせるだろうか。……すべてがデータとして記録されている。データにもとづいて仮説・検証のサイクルを回せる。
それだけではない。同じmobage上のどんなゲームで遊んでいるのか、あるいは掲示板でどんな書き込みをして、ソーシャルゲーム以外にはどんなコンテンツに興味がありそうか。消費者一人ひとりを追跡して調べることができる。そういった一人ひとりの性向を統計解析にかけて、いちばん儲かる手を打てる。売上げを最大化できる。悪い言い方をすれば、消費者から限界までカネを搾り取り、市場規模を最大化できる。


だからソーシャルゲームは儲かるのだ。


製品の製造過程から消費者が購買に至るまで、すべてのデータが手に入る。数値を分析して最適な手を打てる。そんな商売は、今まで地球上に存在しなかった。
たとえばコンビニでは、何歳ぐらいの人が何を買っていったのか、緻密なデータが収集されている。しかしそれでも、その客がその日、何回目の来店なのかは分からない。ほかの地域の別のコンビニに立ち寄っていたとしても、調べようがない。買ったアイスを自分で食べるのか、部屋で待つ彼女のために買ったのかは分からない。その客が以前、別の店舗で何を買ったのかは分からない。あくまでも空想の域を出ない。
ソーシャルゲームは違う。その日、そのユーザーが何回アクセスしていたのかデータを採れる。ユーザーの滞在時間も記録に残っている。滞在時間を1時間ごとに切って、それぞれのセグメントでの消費傾向を調べる……なんて分析もお茶の子さいさいだ。しかも、憶測の入り込む余地のない分析を、だ。



近い将来、貨幣の電子化は今以上に進んでいくだろう。クレジットカードやSuicaなどのプリペイドカードによる決済が増えるだろう。また、あらゆる商品にICタグが埋め込まれていくだろう。居酒屋のビールジョッキ1つ、焼き鳥の串1本にいたるまでデータ化され、サーバ上で管理できるようになるだろう。ユビキタスクラウド。情報化が進めば、いずれバーチャルとリアルの垣根は無くなる。その時代が来たら、あらゆる業種がソーシャルゲーム化する。
現在、リアル世界を対象にした業界では、いまだに年齢や性別といった二次的な情報からマーケティングを行わざるをえない状況だ。しかし私たちの嗜好は多様化している。二次的な情報からのマーケティングは難しくなっている。たとえば「ウイスキー好き」のレイヤーに属する人は、年齢や性別を超えて幅広く存在している。ところが情報化が進めば、年齢や性別にとらわれず、「ウイスキー好き」のレイヤーそのものに向かってプロモーションできるようになる。
現在のソーシャルゲーム業界では、統計解析のできない人は肩身の狭い思いをしているらしい。どんなヤクザな経歴を持つディレクターでも、初歩的な統計学は身につけているという。t検定や回帰分析、カイ二乗分析……これら統計用語を知らないディレクターはいないのだろう。データの分析によって最適解を導き出せる業界だ。カンや経験、ノリに任せて仕事をする人は、とっくの昔に淘汰されてしまったのかも知れない。
今後、情報化が進めば、あらゆる業界で同じことが起きる。
漫然とセグメント分けをして、深く考えずに平均値や中央値を求めている人には、居場所がなくなる。統計的な分析手法そのものは、社会人の教養として広まりつつある。今後は、それを実用できる人に大きなチャンスが訪れるはずだ。自社にノウハウとして蓄積された解析手法を使い回すだけでなく、新しい分析方法を作り上げられる人にとっては、楽しい時代がやってくる。
使える人にとって、SQLExcelは最高に面白いおもちゃだ。「センス」や「才能」という言葉は、無知な人間の言い訳のためにある。ほんとうに数値化できないセンスを持っているのは一部の天才だけだ。
凡才たる私たちは、データとダンスを踊りたい。







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(今回はかなり書き殴り感の強い記事になってしまった…(小声))