デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

「初音ミクがわからない人」をどうするか

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初音ミクが分からない人」がいる。テレビに映った彼女を指さして「あんなののどこがいいんだ」と言い、100万回再生されたボカロ曲も(当然)知らない。しかし現在、日本のポップカルチャーは世界中で注目を集め、欧米はもとより、シンガポールやタイ、ベトナム、マレーシア、インドネシアなどでもイベントが開催されるほど熱気を帯びている。にもかかわらず、それらの良さが理解できない人がいる。気持ち悪いと吐き捨てる人がいる。彼らには、どうして分からないのだろう。



アニソンの神様 (このライトノベルがすごい! 文庫)

アニソンの神様 (このライトノベルがすごい! 文庫)



忘れがちだが、人類の歴史はまだ始まったばかりだ。
ホモ=サピエンスの誕生は今から20万年ほど前だ。7万年前のトバ・カタストロフで世界人口は1万人まで減少し、それから文化・文明の発達には長い時間がかかった。人類が初めて家畜化に成功した動物は犬で、それが1万2000年ほど前。およそ5000年前にようやく国家が誕生し、貨幣が発明されるのは4000年前。人類が地球一周に成功してから500年も経っていないし、産業革命から200年少々しか経っていない。



誰も知らなかったココ・シャネル

誰も知らなかったココ・シャネル



いま、『誰も知らなかったココ・シャネル』という本を読んでいる。ファッション界に輝かしい功績を残したシャネルは、じつはナチスのスパイとしての顔も持っていた……というスキャンダラスな内容だ。小作農の娘として生まれた彼女が、いかにしてフランスの上流階級の羨望の的となったのか、丁寧な調査によって明らかにしている。
この本を読んでいて感じるのは、「娯楽」はかつて一握りの富豪たちの特権だったということだ。20世紀初頭まで、一般庶民は衣食住を満たすのに必死で、娯楽(※ファッションも含む)にカネをつぎ込めるのは、それこそ貴族階級の人々ぐらいだった。
もちろん日本でも戦前から呉服屋があったし、歌舞伎座も映画館もあった。銀座には百貨店が並んでいた。が、それは東京などの大都市圏だけに見られる特殊事情だった。圧倒的多数の一般庶民にとっては、農作業の合間に花札に興じるぐらいしか「娯楽」と呼べるものはなかった。だからこそ祭りの日が「ハレの日」たりえたのだ。
現代的な消費社会は第一次世界大戦後のアメリカで始まったと言われている。たとえば大衆消費文化の代表格というべき映画に的を絞れば、1927年に世界初の音声付き映画『ジャズ・シンガー』が公開され、ハリウッド黄金期と呼ばれる1930年代〜40年代に突入していく。
じつはココ・シャネルはハリウッド映画に協力したことがある。しかし、彼女が衣装をデザインした作品はことごとくコケたという。派手さを押さえ、女性を一人の自立した人間として際立たせるシャネルのドレスは、しかしハリウッドでは地味すぎた。ハリウッド映画のファンが求めたのは、よりセクシーでコケティッシュな女性像だった。大衆文化の権化たる映画に対して、上流階級の世界で鍛えられたシャネルのデザインは洗練されすぎていたのだ。
アメリカで火がついた消費社会は、第二次世界大戦後には先進諸国へと広がっていく。農業・工業の水平分業が進み、経済のあらゆる分野で生産性が向上した。一般庶民までもが余暇を手に入れ、「娯楽」を消費する余裕が生まれた。ここにきてようやく、世界中で「娯楽」が一大産業として成立する下地が生まれた。日本も例外ではない。かつては「テキヤ」という反社会勢力の細々としたシノギだった娯楽産業は、戦後、市民権を得る。私たちの祖父母や両親の世代になってようやく、日本の一般庶民は花札のほかにも楽しみを持つことができるようになった。
大衆消費社会を下地にした現代的な娯楽文化は、担い手の面からみれば若者文化であり、また性格的には国際文化だった。1960年代になると大戦後の混乱が解消され、大衆文化は世界規模で成熟を始める。この時代に世界中の若者を熱狂させたビートルズは、いわば世界が豊かになったことの証だった。



私たち先進国の住民が通ってきた道を、現在の新興国は進んでいる。
たとえば北京は(※現在こそややこしいことになっているが)数年前は「何を持って行っても売れる」と言われていた。当時の北京はバブルで、超高層マンションがにょきにょきと建設され、自家用車が急速に普及していた。一昔前の「大量の自転車が砂埃をあげる北京」は完全に過去のものになった。オリンピック後に棚ぼた的に豊かさを手に入れた人々は、しかし何にカネを使えばいいのか分からなかった。ちょうど高度成長期の日本人がそうだったように、海外から輸入されたモノならどんなものにも飛びついた。そして「何を持って行っても売れる」という状況が生じた。
これは北京だけではなく、東南アジアなどの新興国すべてで起こっていることだろう。高度成長により余暇を手に入れ、一般庶民が「娯楽」を消費できるようになった。日本がかつて歩んできた道を、彼らは今まさに歩き出したのだ。
だからこそ今がチャンスだ。
かつて私たち日本人がビートルズに心酔したように、彼らを初音ミクに熱狂させようではないか。彼女にはその資格も魅力もあるのだから。



ビートルズが来日したとき、武道館の周囲では右翼の街宣車が「ビートルズは日本から出て行け、イギリスに帰れ」と叫んでいたという。ギターを弾くのは不良のすることで、生徒たちがHELP! を口ずさむことに全国のPTAが頭を抱えていた。マッシュルームカットの男子生徒を体育教師が捕まえて、丸刈りを強要していた。
いつの時代も、分からないやつには分からないのだ。
だから初音ミクを理解できない人がいても、気にする必要はない。
そんなやつらは20世紀に置きざりにすればいい。










※参考


アニメ/ゲームの市民権獲得と、その世代間格差について
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20120913/p1




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※ミクのほかにもボーカロイドの裾野は広がり続けている。







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