「この国には何でもある。ただ希望だけがない」と村上龍が看破したのは1998年のことだ(※1)。明治維新から太平洋戦争開戦までの時代、日本は欧州の列強諸国を追いかけていた。敗戦からバブルまでの時代、日本はアメリカの繁栄を追従していた。日本人にとって、欧米諸国は目指すべき「未来」であり「希望」だった。ところが80年代に日本経済は絶頂を極め、目標地点を通り越してしまった。「希望」にすべき対象を失った。
そしてバブルが崩壊し、現在、世界でも例を見ない少子高齢化社会へと突き進んでいる。日本の未来を占うような「実例」が、いまの地球上には存在しない。こうして「何でもあるが希望だけがない」という社会が完成した。日本人は、自分たちの力で「未来像」を作らなければいけないのだ。
ところが今の日本の「えらい人」には、それができない。
なぜ日本の伝統的メーカーは「エラい人のキーワードでモノつくる構造」を早くやめられないのか
http://engineer.typemag.jp/trend/2012/09/post-39.php
自動車はできるのに、家電はなぜできないか?
http://www.landerblue.co.jp/blog/?p=4092
たとえば大企業で部長職についている(であろう)50代男性のことを考えてみよう。
彼が生まれたのは1950年代半ば〜60年代初頭だ。小中学生の頃にオイルショックを経験し、王貞治や長嶋茂雄の活躍に胸を躍らせていた。詰め込み教育で、模範解答を右から左に書き写すトレーニングばかりを受けてきた。海外旅行は気軽に行けるものではなく、大学進学率は今よりずっと低かった。語学留学がこんなに一般化するなんて想像できなかったはずだ。「国際感覚」の重要性を頭では理解していても、それを身に着けるチャンスはほとんど無かった。
「スペースインベーダー」が一世を風靡するのは1978年、翌1979年には『ドラえもん』と『機動戦士ガンダム』の放映が始まる。ゲームやアニメ……。現在の「クールジャパン」なるものは、おそらくこの時代に萌芽した。現在の50代男性が、ちょうど高校生〜大学生のころだ。受験戦争を勝ち抜いたエリートたる彼らにとって、それらの娯楽は忌むべき「敵」だったはずだ。オタク文化が市民権を得るのは90年代の『エヴァンゲリオン』を待たなければならない。
つまり、いまの日本の「えらい人」には、日本の「強み」が分からない。
現在、日本へやってくる留学生たちは、みんな『ナルト』や『ワンピース』、『ポケモン』から日本を知る。タイやフィリピン、インドネシアの中高生が「初音ミク」のコスプレを楽しんでいる。台湾や韓国、中国の若者たちが東京ビックサイトに足を運ぶ。こういったオタク文化は、ほんの一例にすぎない。日本の若者たちは、しばしば「俺たち未来に生きているよな」と自嘲する。
しかし日本の「えらい人」には、その「未来」のイメージが掴めない。理解できない。
彼らは、他国に追いつくことに必死だった時代に学生時代を過ごした。社会人になってすぐに、日本経済が絶頂を迎える80年代を経験した。「未来」に向けて想像力を発揮しなくても、すべてが順風満帆、生きてこられたのだ。
この先、どんな世の中を作りたいだろう?
製品やサービスを通じて、私たちの暮らしをどのように変えたいだろう?
答えるには、想像力が欠かせない。未来に向けた想像力だ。詰め込み教育を受け、組織内での政治力を鍛えてきた日本の「えらい人」にとって、おそらく一番苦手とするものだ。しかし商売とは、今まで見たこともない「イイネ!」を作り出すことだろう。おもしろきこともなき世をおもしろくするのが商売だろう。バカバカしい妄想に真剣に取り組める人でなければ、イノベーションなど起こせない。
だから、50年代からやり直せ、と私は思う。
日本は戦後、欧米諸国を追いかけ続けた。では、それらの国々では何を目標としていたのだろう。世界の先端を走る国々は、いまの日本のように「何でもあるが希望だけがない」という状況に陥っていたのだろうか? そんなことはない。猛烈な勢いで科学が発展していたこの時代、欧米の作家たちは柔軟な想像力を発揮して、将来への「希望」や「絶望」を描いていた。目指すべき「未来像」を、試行錯誤しながら作り上げていった。50年代〜60年代こそSF小説の黄金期と呼ぶにふさわしい。いまの日本の中高年に足りないものがSF小説には詰まっている。
◆
この地球上に、日本の「未来像」になるような国・地域は存在しない。私たち日本人は、自分たちの力で未来を切り開かなければいけない。それには想像力が必須だ。しかし日本の「えらい人」は、想像力をトレーニングする環境に恵まれていなかった。今期の予算を達成することで頭がいっぱいで、遠い未来へと想いを馳せる余裕がない。
だから今こそ、日経新聞を捨ててSF小説を読んでほしい。
未来を切り開いていた時代の作家たちの感性に触れてほしい。豊かな想像力に圧倒されてほしい。司馬遼太郎を通じて、過去に想いを馳せるのもいいだろう。しかし過去から学んだものを未来へと活かす方法は、SF小説に書かれているのだ。※ちなみに日経新聞は捨てなくてもかまわないです。
グローバル化の進んでいる時代だ。電気代が上がろうが下がろうが、いずれ工業製品の生産拠点は国外へとシフトしていく。もはや「ものづくりの国」という過去の亡霊にすがることはできない。さらに日本は、世界に先駆けて超高齢化社会に突入していく。この国は破滅に向かっているのだろうか。それとも、豊かな老後に向かっているのだろうか。
未来の明暗を分けるのは、ソフトパワーの有無だ。
より根源的に言えば、想像力の有無なのだ。
※参考

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(※1)小説『希望の国のエクソダス』
(※)最近の日本ではあらゆる業界で高年齢化が問題になっているが、SF小説の分野も例外ではないと思う。60年代生まれの編集者や書評家が幅を利かせているみたいだけど、はたして彼らに90年代生まれやゼロ年代生まれの感性を理解できるのだろうか。
※※誤字を修正しました。ご指摘ありがとうございます。