デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

愛では地球を救えない/マスメディアの責務と報道の力

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友人のアメリカ人が憤っていた。
「日本のマスメディアはおかしい。どうしてシリア情勢をまったく報道しないの?」
彼はパレスチナ系移民の3世で、ダマスカスに親戚がいるという。
「CNNやBBCはきちんと報道しているし、アルジャジーラは生々しい死体の映像まで流している。それに対して、日本のテレビ局はどうだ。まるで、この地球では戦争が起こっていないみたいじゃないか」
吐き捨てるように彼は言った。
「これでは北朝鮮や中国のマスコミと同じだ」




       ◆




ところで朝鮮半島ベトナムは、歴史的な背景がよく似ている。
もちろん文化的にも政治的にもまったく別の特長を持った地域だが、歴史的に歩んできたストーリーが相似しているのだ。
まず、どちらも超大国・中国から地理的に突出した漢字文化圏として発展した。朝貢冊封を受けた王朝が次々に興り、また消えていった。複数の権力者が立ち、内乱状態になった時期もある。また、どちらも13世紀にはモンゴル(元)からの襲撃を受けており、周辺諸国との衝突も絶えなかった。ベトナムカンボジア(クメール)やタイ(シャム)と、朝鮮半島は日本等と、それぞれ武力闘争を繰り広げている。16世紀〜17世紀に西欧列強諸国からの支配を免れたのは、そうした歴史的背景があるからだろう。東インド会社の社員からすれば、先住民族があまりにも戦闘的で、占領するコスト・メリットが無かったはずだ。
ところが19世紀に入ると、ベトナムはフランスからの侵略を受けるようになる。一方、極東地域では日本が急速な近代化を果たし、列強諸国に肩を並べる。そしてベトナムは19世紀末に、朝鮮半島は20世紀初頭に、それぞれ植民地支配を受ける。
興味深いのはここからだ。
第二次世界大戦後、朝鮮半島ベトナムはどちらも南北に分裂し、東西の代理戦争の舞台になった。
朝鮮半島では1950年〜53年に泥沼の戦闘を行い、現在でも休戦状態が続いている。南北統一の夢は、いまだ果たせそうにない。一方、ベトナムは1960年代〜1970年代初頭にかけてアメリカと戦い、勝利を収めている。
この違いは、なぜ生まれたのか。
おそらくベトナムは、この戦争で共産勢力が勝利したがゆえに、韓国のような経済発展を経験できなかった。しかしこの戦争で勝利できるほど民族運動が統一されていたがゆえに、独裁者の輩出を許さず、北朝鮮のようにならずに済んだ。
(※北ベトナム政府の前身であるインドシナ共産党の結党は1930年、占領統治時代からすでに国民的な支持を集めていた。第二次大戦中、大日本帝国ベトナムの“独立政権”を準備していたが、ベトナム飢饉により支持を喪失している。またベトナム共産党は集団指導を徹底しており、ホーチミンですら専制的な権力を手にしたことはないという。)



なぜベトナムは勝利できたのか。
言い換えれば、なぜアメリカはあきらめたのか。
いくらゲリラ戦に疲弊していたとはいえ、物量でいえばアメリカは圧倒的に優位だったはずだ。中ソの顔を立てて、北ベトナムを完全には撃破しなかったかもしれない。が、朝鮮半島のように北緯17°線で南北を分断し、休戦に持ち込むこともできただろう。
しかし、アメリカはあきらめた。
国際世論、国内世論が反戦ムードに染まり、戦争を続ける大義名分が薄れてしまったからだ。この戦争を終結させた要因の一つとして、マスメディアの活躍は無視できない。



世界初のカラーテレビ放送は1954年、アメリカのNBCが行った。日本では1953年にモノクロ放送が始まり、カラー放送が始まるのは1960年から。しかし本格的に普及が進むのは1964年、東京オリンピックの以後だ。イギリスBBCがカラー放送を始めるのは1967年。こうして先進国のお茶の間に、世界中の生々しい映像が届くようになった。
朝鮮戦争は1950年〜1953年、テレビ時代の前夜だった。人々は新聞やラジオ、短時間のニュース映画(※しかもモノクロ)でしか、国際情勢を知ることができなかった。一方、ベトナム戦争は1964年のトンキン湾事件から一気に激化していく。カラーテレビの時代だ。戦地の惨状を、世界中の人々が目撃した。ソミン村虐殺事件のような衝撃的なニュースが世界を駆け巡り、世論は一気に反戦へと向かった。
どうやら「報道」には、暴力を止める力があるらしい。
1986年2月、フィリピンの首都マニラ・エドゥサ大通りを100万人のデモ隊が埋め尽くした。独裁者フェルナンド・マルコスに退陣を要求するためだ。世界中のテレビが生放送を続けるなか、軍はついに民衆に向かって一発も発砲できなかったという。そしてマルコス政権は崩壊し、フィリピンの民主化が始まった。
同年6月、中国・北京では天安門事件が起きている。中国政府の戒厳令を受けて、日本、イギリス、西ドイツなどの生中継回線は次々に遮断された。CNNのテレビクルーが警察官から警告を受ける様子を、当時のカメラは収録している。そして世界の目が届かない場所で、人民解放軍は民衆に向けて発砲した。犠牲者は数百とも数千ともいわれている。
報道は、暴力への最高の抑止力なのだ。戦争を止めるのは核兵器でも大陸間弾道弾でもなく、ニュースの拡散である。




       ◆




現在、人類は情報共有の時代に突入している。2011年、インターネットユーザー数は21億人を超えた。デジタルカメラは安価で小型になり、「全人類がジャーナリスト」という時代も、そう遠くないだろう。以前なら絶対に知りえなかった情報が拡散され、言葉を交わすはずのなかった人々が対話している。


NATOタリバンtwitterでケンカしててワロタ
http://blog.livedoor.jp/himasoku123/archives/51679207.html
※「馬鹿」「なんだと?」「黙れや」


ウサマ・ビンラディン襲撃、Twitterユーザーが「実況」していた
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1105/02/news066.html


高橋慶太郎のマンガ『ヨルムンガンド』は、武器商人たちを主人公にした娯楽作品だ。アフリカや中東、東ヨーロッパなどの戦場を舞台に、軽快なアクション作品に仕上げている。タイトルの「ヨルムンガンド」とは、作中に登場する架空の“システム”の名前だ。具体的にどういう“システム”なのかはここでは説明しないが、「ヨルムンガンド」にはあらゆる戦争を終結させるほどの強大な力がある。
現実の世界にヨルムンガンドは存在しない。
しかし、よく似た「力」なら存在する。あらゆる国や武装集団を屈服させるほどの「力」だ。あなたがニュースを見るとき、そしてニュースを拡散するとき、世界は確実に平和に近づいている。テレビはもはや、マスメディアとしての責務を果たすつもりがないらしい。つくりものの愛で世界を救えるわけがない。ならば、私たち一人ひとりが代わりになろう。
現実世界のヨルムンガンドは、たぶん今、私たちのポケットに入っている。






※参考


シリアで日本人記者死亡 ジャパンプレス・山本美香さん
http://www.asahi.com/international/update/0821/TKY201208210091.html
※情報がタダ同然で共有される時代に忘れがちですが、一次情報の入手には多大なリスクとコストがかかっています。戦争報道に携わる方々の情熱には敬服いたします。どうかご冥福をお祈りします。





ヨルムンガンド 10 (サンデーGXコミックス)

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ベトナムの歴史 (世界の教科書シリーズ)

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韓国の歴史

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現代フィリピンを知るための60章 エリア・スタディーズ

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数字で見る2011年インターネット、ユーザー数21億人、国別最多は中国
http://japan.internet.com/busnews/20120120/7.html




Al-Houla Massacre - Dozens of Children Murdered in Syria
※閲覧注意

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