国際的ハッカー集団のメンバーが、凶悪な麻薬カルテルに誘拐された。囚われた仲間を助けるため、ハッカーたちは「情報公開」を武器に敵を脅迫、みごと人質の解放に成功した――。
これはハリウッド映画のあらすじではない。つい先日、現実におこった事件だ。かなり話題になったので、ご存じの方も多いだろう。国際的ハッカー集団“アノニマス”Anonymousと、メキシコの麻薬カルテル“セタス” Los Zetasの情報戦争だ。一見すると、法的にグレーどころかほとんど真っ黒な二つの組織の抗争――のように見える。
アノニマス、麻薬組織に「宣戦布告」 メキシコ
http://www.asahi.com/international/update/1101/TKY201111010499.html?ref=reca
アノニマス「仲間解放された」 麻薬組織から脅迫つきで
http://www.asahi.com/international/update/1105/TKY201111050352.html
ところが、この二つの集団は根本的に性質が違う。セタスが古式ゆかしい武力集団なのに対し、アノニマスは今までに例のない、極めて次世代的な集団だ。これからの時代を占う上で、彼らの存在は大きな意味を持つ。アノニマスの成り立ちについて知っておいて損はない。
アノニマスとは何者であり、彼らの存在は社会的・歴史的にどのような意味を持つのか、簡単にまとめてみよう。
◆ ◆ ◆
§メキシコ麻薬カルテル
南米では古くから麻薬の密造が行われており、北米を消費地として成長を続けてきた。南北の中継地であるメキシコには、数多くの“仲介業者”がいたらしい。そうした非合法な仲介業者の中から、手数料を現金ではなく麻薬で受け取る者が現われた。商品を手にしたことで、単なる仲介業から本格的な販売業へと転向したのだ。メキシコの麻薬カルテルはこうして誕生した。
メキシコ麻薬カルテルの極悪非道っぷりは、遠く離れた日本でもしばしば話題になる。
たとえば2011年4月には、メキシコ北部タマウリパス州Tamaulipasで合計183人の遺体が発見された。生還者の証言では、麻薬組織セタスがバスの乗客を拉致し、組織へと勧誘。拒否した者を殺害したとされている。
メキシコ中部でも集団虐殺 セタスの犯行か?
http://news.livedoor.com/article/detail/5821038/
現代の話だとは思えない。このほかにも:
2011年5月14日、メキシコ国境に近いグアテマラの農園を襲撃し、子供3人と女性2人を含む27名以上を殺害。
農場に頭部切断27遺体、麻薬組織犯行か グアテマラ
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2800505/7225619
2011年8月25日、メキシコ北東部ヌエボレオン州モンテレイのカジノに放火。52名死亡。
メキシコのカジノ放火事件、警察官1人を拘束
http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2823908/7707570
などなど、調べれば彼らの悪行がいくらでも出てくる。これまで犯してきた犯罪行為については、こちらのブログが詳しい。
北の国から猫と二人で想う事
http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/2000348.html
※リンク先グロ注意。
孤帆の遠影碧空に尽き
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20101026
※リンク先グロ注意。
こうした非道が横行する背景には、彼らの武装が地元警察よりも優れているという事情がある。たとえばセタスの創立者は、元特殊部隊隊長のアルトゥーロ・グスマン・デセナ大尉だ。彼は元同僚や部下の隊員を次々に高給で引き抜き、武装も強化。戦闘力を飛躍的に高めたという(via Wikipedia)。アサルトライフルや軽機関銃は当たり前、グレネードランチャー、地対空ミサイル、ガンシップに装甲車まで所持しているらしい。人員も装備も、小国の正規軍並みだ。福岡のやくざが可愛らしく思える。
さらに警察官はワイロ漬けで骨抜きにされ、まともな捜査をすればすぐに殺される。そして脅迫された警察署長が国外に亡命する――まさに泥沼だ。
もちろんメキシコ政府はこうした状況を放置できず、2006年から軍を動員して掃討作戦を行っている。が、解決の兆しは見えていない。この麻薬抗争により、すでに3万人近い人が命を落とした。すでに“組織犯罪”と呼べる規模ではなく、これはもはや戦争だ。
メキシコ麻薬戦争 列伝
http://www10.plala.or.jp/shosuzki/edit/la/cartel/mexdrugwar.htm
現代日本の私たちには想像しがたいことが、メキシコでは起きている。しかし歴史を紐解けば、こうした例――武装集団がチカラを蓄え、政府の手に負えないほどになる――は珍しくない。たとえば中世ヨーロッパの傭兵たちや、日本における島原の乱などがそうだ。(ただし島原の乱の場合は、圧政に反抗して握りつぶされた悲劇として語られることが多いので、明らかに真っ黒な麻薬カルテルと同列にするのはちょっと気が引ける)
歴史は勝者により綴られる。メキシコ麻薬カルテルの犯罪は許しがたい不正義だが、もしも彼らが政府を転覆させるほどのチカラを持ってしまったら――100年後の教科書には、現在の麻薬戦争が“聖戦”として記載されるかも知れない。
凶悪で高度に武装した麻薬組織がメキシコには存在する。セタスはそれらの代表格だ。
そして2011年10月末、彼らはハッカー集団アノニマスのメンバーを拉致した。
§国際的ハッカー集団“アノニマス”
「もはや何も恐れない。逮捕するという脅しはわれわれには無意味だ。なぜなら、アイデアまで逮捕することはできないから」
昨年の終わりごろから、アノニマスの活動が活発化している。政府機関やクレジットカード会社などに対してDDoS攻撃を行うなど、2011年に入ってからはニュースを賑わせることも多くなった。今年の4月には、ソニーのサーバーから史上最大規模の個人情報流出事件が起こった。この事件はアノニマスの仕業だという。最終的にはFBIによる逮捕者まで出る騒ぎとなった。
ハッカーテロ組織「ANONYMOUS(アノニマス)」がSONYに攻撃
http://psp0000ljn2.blog24.fc2.com/blog-entry-264.html
FBIによるメンバーの逮捕を受け、アノニマス側は報復攻撃を行っている。
「アノニマス」などが攻撃再開を表明、FBIのメンバー逮捕で
http://www.asahi.com/international/reuters/RTR201107220056.html
彼らは「インターネットの自由を守る」ことを何よりの信条とし、それを害するあらゆる政府・企業・組織を攻撃している。たとえば前述のクレジットカード会社はWikileaksとの取引を停止した企業だった。Wikileaksへの資金供給の停止は、インターネットの自由に対する圧力だ――とアノニマスは判断、攻撃に踏み切ったという。
また2010年末〜2011年初頭にかけて、チュニジア、エジプト等で相次いで独裁政権が崩壊した。「ジャスミン革命」「アラブの春」などと呼ばれるこの政変を、影で支えたのがアノニマスだった。エジプトの革命はFacebookでの呼びかけに端を発するものだったが、政府は当初、ネット回線を遮断することでデモを鎮圧しようとした。しかし、これがアノニマスの信条に抵触、彼らはエジプト政府にDDoS攻撃を行い、さらに機密情報の暴露を突きつけて回線を復活させたという。
「エジプト革命」の影の立役者? 謎のハッカー集団「アノニマス」
http://getnews.jp/archives/100776
Anonymousとは英語で“匿名”の意味だ。参加者は素性を隠したままで、メディアに露出するときは、特徴的なガイ=フォークスの仮面をつける。
彼らは一体、何者なのだろう。
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アノニマスは、米国の大型掲示板4chanを発祥とするネットコミュニティだ。特定のリーダーを持たず、緩やかな個人の連帯により運営されている。4chanがサービスを開始したのは2003年だが、かなり初期のころからAnonymousを名乗る人々がいたという。
ニュース等では「ハッカー集団」と紹介される彼らだが、実際には一部のAnonOpsと名乗る一派がハッキング活動を行っているらしい。その周囲には数え切れないほどの“ハッカーではない参加者”がいる。
アノニマス公式動画サイト
http://anonymoustube.blogspot.com/
アノニマス公式サイト
http://www.anonnews.org/
彼らの活動が衆目を集めたのは、2008年の「サイエントロジー騒動」だ。
サイエントロジーは全世界に800万人の信者を持つ新興宗教だ。トム=クルーズやジョン=トラボルタといった著名人が入信していることで有名で、いわば創●学会の米国版だといえる。トム=クルーズの出演する教団のビデオがYouTubeに流出し、4chan住人たちのネタにされていた。私は見たことがないのだけれど、トムが「頭がパーン」とか言っていたのだろうか。テレビ等の様々なメディアがこの動画を紹介し、サイエントロジーは激怒。これらのメディアに圧力をかけて削除を依頼した。
で、これが4chan住人の不興を買った。
4chanに“アンチ・サイエントロジー”の気運が高まり、燎原の火のように広がった。電話、FAX、メールでの嫌がらせから始まり、DDoS攻撃など過激さを増していった。日本の2chでいう「祭り」、あるいは今でいう「炎上」の状態だ。しかし、騒ぎは徐々に沈静化していき、平和的な抗議デモ等へとシフトしていった。この時に“アンチ・サイエントロジー”を掲げた人々が、現在のアノニマスの一派AnonNetの前身だという。
アノニマスの活動の本質がここにある。
特定のリーダーを持たず、組織的な指示系統もない。参加者はすべて匿名で、裾野がどこまで広がっているのかさえ分からない。彼らは「ハッカー集団」の「構成員」ではなく、「祭り」の「参加者」と呼ぶべき存在なのだ。インターネットの自由を守るという信条に共感する人たちが、勝手に「アノニマス」を名乗って、それぞれ良かれと思うコトをしている――これがアノニマスの正体だ。
Anonymousは「ハッカー集団」なのか?
http://d.hatena.ne.jp/ukky3/20110908/1315536752
「アノニマス」の歴史とその思想
http://synodos.livedoor.biz/archives/1850228.html
ソニーの情報流出事件も同様だ。根底には2chの祭りやTwitterの炎上と同じような心理がある。
ソニーはなぜハッカーに狙われたのか、「アノニマス」の正体
http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/6a3a34048854eb58ca96b3be592f09f0/
上述の記事に詳しい経緯が書かれているが、ことの発端は2011年1月上旬、米国のカリスマハッカー・ジョージ=ホッツ氏の逮捕だった。
ホッツ氏はプレイステーション3を改造して自作ソフトを動かせるソフト「ルートキー」をWeb上で公開。これに対してソニーは、ホッツ氏らを著作権法違反で米連邦地裁に提訴した。さらに2月16日には、ルートキーを使用したユーザーにPSNのアクセスを制限すると警告。ここまではゲームハードメーカーとして当然の対応だ。ところがソニーは、さらにもう一歩踏み込んでしまう。3月上旬に、ホッツ氏のブログにアクセスしたユーザーの情報開示を連邦地裁に請求、これがアノニマスの逆鱗に触れた。「ブログを見ただけで悪者扱いするなんて、そんなの絶対おかしいよ」というワケだ。
たしかにソニーには法的な正当性があったかもしれない。が、アノニマスは意に介さなかった。そもそも法律とは、社会というゲームを動かすルールブックのようなものであり、私たちの道徳観念を規定するものではない。法律で定められたことが、私たちの道徳と一致しない場合もある。そんな時、私たちは「悪法たりとも法」だと諦めてきた。ところがアノニマスはどうか:自分たちの道徳・哲学を優先し、法を犯すこともいとわない。気分で動く烏合の衆であり、世界でもっとも民主的な人々だ。
◆ ◆ ◆
麻薬組織セスタは古いタイプの集団だ。見知った仲間同士で手を結ぶところからはじまり、武力――肉体的な暴力をチカラとして、富を蓄えることで結束を強めてきた。じつはこれと同じ構造を、現在のすべての国家が持っている。先史時代までさかのぼれば、凶悪な犯罪組織と正統な国家とを分かつものはない。歴史は勝者によって綴られてきた。
一方、アノニマスは今までにないタイプの集団だ。一つの信条を共有しているだけで、利害関係・お互いの素性・居住地域――あらゆるものを無視したまま、ゆるい結束を保っている。指揮系統はなく、人の出入りは激しい。そして、そもそも参加者の数がハンパなく多い。つまりアノニマスは“組織”でも“集団”でもなく、“現象”と呼んだほうがいいのである。似たような現象は日本でも珍しいものではない。見慣れた「祭り」や「炎上」に二つの要素――「信条」と、ハッキングという「実力行使」――が加われば、それはアノニマスの活動になる。
(1)一つの信条に従って
(2)地域的・利害的に無関係な人々が
(3)情報力を武器にして
(4)社会に影響力を持つ
この現象を、本家アノニマスにならってAnonymous Phenomena――“匿名現象”と名付けよう。本家の場合は「インターネットの自由」だったが、どんな信条でも当てはめることができる。参加者の心を掴むテーゼであれば、どんなものでも“匿名現象”を引き起こせる。
重要なのは、この“匿名現象”が、すでに無視できないほどの社会的影響力を持っていることだ。たとえばつい先日、米国の大手銀行の預金口座を65万人が一斉に解約するという事件が起きた。
65万人が大手銀の預金口座を一斉解約―ウォール街にノー
http://jp.wsj.com/US/node_340639
こちらの記事では、この“事件”を大手銀行に対する不満のあらわれだと分析しており、アノニマスが関わっていることを知らなかったようだ。この記事の執筆者は、「バンク・トランスファー・デー」が11月5日だったことの意味に気づかなかったのだ。アノニマスがアイコンとする映画『V for Vendetta』に、「Remember, remember the 5th of November」という印象的なセリフがある。11月5日は彼らにとって特別な日であり、あらゆる攻撃・宣言・行動が予定されていた。いわば「一斉行動日」だった。
アラブの春では国家体制を転覆させる下地を作り、また麻薬組織セスタとの情報戦争では「人質の解放」という勝利を収めた。麻薬組織が、根源的な部分では国家と相同な構造を持っていることを思いだして欲しい。匿名現象は“国家”や“国際関係”さえも揺るがしかねない。
一言でいえば、“匿名現象”には世界を変えるチカラがあるのだ。
このブログでは、以前から「ヒーローの時代の終焉」を訴えてきた。天才的な経営者にせよ、極悪なテロリストにせよ、“特別な誰か”が世の中を変える時代は、今まさに終わろうとしている。あとに残された無名の凡人たちは、いったいどのような世界を作るのだろうか。
また旧来の国家や企業が、いま急速にチカラを失っている。そういう巨大組織に帰属することができなくなったら、私たちは一体“なに”に属すればいいのだろうか。新しい時代に私たちが帰属すべき“なにか”――“それ”を指し示す言葉を、私たちはまだ持ち合わせていない。“それ”の名前を、私たちはまだ知らない。
つぎの100年間を決定づける“それ”は、匿名現象のなかから生まれるのではないか。
烏合の衆でありながら強い社会的影響力を持つアノニマスを見ていると、そんな夢想をせずにいられない。
※あわせて読みたい&観たい
ウォール街占拠のはじまりのムービー「誰も革命の瞬間を知らない」
http://gigazine.net/news/20111113_occupy_wall_street/
※もう一つの“無名の人々”の動向。映像がかっこいい。
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