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「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

イギリスの暴動が日本に飛び火しない理由(わけ)

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アメリカのNASAは、無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。これではスペースシャトルにボールペンを持って行っても役に立たない。NASAの科学者たちはこの問題に立ち向かうべく、10年の歳月と120億ドルの開発費をかけて研究を重ねた。
そしてついに、無重力でも水の中でも氷点下でも摂氏300度でも、あらゆる状況下でどんな表面にも書けるボールペンを開発した!!


一方、ロシアは鉛筆を使った



ロンドンの暴動のニュースを耳にした時、私は真っ先にこのボールペンのジョークを思い出した。死者の出るような大事件とは思っておらず、不謹慎極まりなかった。日本での報道はやや沈静化したものの、暴動はいまだに収束していないらしい。



     ◆ ◆ ◆



ここまでの流れをまとめると:
・8月4日、黒人男性が警官に射殺される。
 →人権団体が抗議・射殺はほんとうに妥当だったのか?
  →不良たちが便乗、略奪行為を始める。
   →Amazon金属バットがバカ売れ。
    →暴動はイギリス全土に飛び火。


参考)
現在起きているロンドン暴動の様子を克明に伝える写真41枚
http://gigazine.net/news/20110810_riots_in_london/


ロンドン在住@May_Romaさんのツイートまとめ<1>
http://togetter.com/li/172654


イギリス、ギャングによる暴動のbcxxxさんのつぶやき
http://togetter.com/li/172301



※なお、発端となった人権団体はあくまでも平和的な抗議活動をするつもりだったとか。彼らにとってはまさに「どうしてこうなった」だろう。



       ◆



今回の暴動は政治信条によるものではなく、不良たちが日ごろの鬱憤を吐きだすために暴れ回っているだけだ――と指摘されている。事実、暴動の被害を受けているのは地元の商店などで、政府機関や教育施設などはあまり攻撃されていないらしい。この点は日本における学生運動と大きく違う。学生運動には(一応)政治的な動機があった。現在のイギリスの暴動は、「成人式で暴れるDQNに近いのだという。
こういうニュースがあるたびに、「日本でも同じことが起こるのではないか」という意見が新聞の社説欄をにぎわせる。最近ではエジプトの時もそうだった。はてな界隈では「日本の若者は抑圧されている」ことになっている。同じように抑圧されているのだから、いつ蜂起してもおかしくない――と、ある人は不安がり、またある人は「さっさと蜂起しろ」と煽る。しかし日本の若者は、つまらない番組を流すテレビ局に文句を言う程度で、いつまでたっても暴れない。
なぜだろう。


イギリス暴動、日本に飛び火するも不完全燃焼
http://kyoko-np.net/2011081101.html
※最近の虚構新聞の切れ味はすごい。皮肉なジョークでモノゴトの本質をずばりと突いてる。



       ◆



まず、日本の若者は本当は抑圧なんてされてないんじゃねーの? という仮説を立ててみる。だけど「抑圧」は確かに存在しているらしい。私は専門家じゃないからわからないけれど、様々な経済指標や社会現象がそれを裏付けているそうだ。amazonでちょっと検索するだけで、「若者を不幸にする社会」みたいなテーマの本がいくらでも見つかる。
まあ、確かに日本の若者の一人として、私も息苦しさは感じるもんなぁ……。ただ、この息苦しさが「現代日本」に特異なものなのかは分からない。いつの時代も若者は鬱憤をつのらせるものだ。


とりあえず「日本の若者は抑圧されている」として、なぜ彼らは(ていうか私たちは)蜂起しないのだろう。身近な例から考えてみたい。
まず自分のことを語れば、私は運よく定職に就くことができた。仕事はあんまり面白くないけれど、もしも死にたくなるほど精神的に追い詰められたら、さっさと辞めて実家に帰るつもりだ。ほんと、実家が東京ってだけで俺は勝ち組だね! おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。
続いて友人のニート。彼は学生時代にファーストフード店でアルバイトをしており、そこで心の中の何かが折れた。働くなんてバカバカしいと気づいてしまったのだな。祖母の世話をしたり友人とボードゲームに興じたり、楽しそうに暮らしている。詳しくは知らないけれど、彼の実家は昔から京都に暮らす大家族のようだ。引きこもりではなく、明るいニートとして社会生活を営んでいる。
どちらの例でもキーワードは「実家」だ。親世代が経済的な逃げ道を提供してくれるので、社会に対する不満が暴動というカタチにならないのだ。私の友人のなかには、居候を繰り返して失職期間をしのいだ人もいる。こういう家族や友人による支えがあると「抑圧→貧困→すぐ暴動」とはなりづらい。湯浅誠の言葉を借りれば、日本の若者にはまだ“溜め”があるのだ。
最近はあまり話題にならないので忘れている人も多そうだけど、湯浅誠さんはリーマン・ショックのときに話題になった人。NPO「もやい」の代表で、ホームレスの支援をしている。“溜め”とは彼の提議した概念で、家族や友人などの「貨幣化できない資産」を指す。


反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

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イギリスの若者が暴動を起こしたのは、彼らの多くが移民だからだ。移民のモラルが低いのではない、移民には“溜め”が少ないのだ。「昔から続く実家」のある日本の若者とは、ここが違う。



       ◆



もちろん、溜めのない若者は日本にもいる。山谷とか西成とか日本のヨハネスブルクと呼ばれる地域には、そういう溜めを失った人たちが集まっている。だけど彼らのほとんどは合法的な仕事についている。たとえ犯罪行為に手を染めることがあっても、江戸時代の打ちこわしみたいなことはしない。
カネも溜めもない、だけど合法的な仕事もバカバカしい――そう考える若者は少なくないはずだ。いわゆる「不良」と呼ばれる人たち。だけど日本では、彼らは暴動など起こさない。



振り込め詐欺をするのだ。



家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル

家のない少年たち 親に望まれなかった少年の容赦なきサバイバル

このあたりの話は、こちらの本に詳しい。「振り込め詐欺なんて誰が引っ掛かるのだろう」と思っていたけれど、明快な答えが書かれていた。数撃ちゃ当たるのだ。手当たりしだいに電話をかけまくれば、そのうち「バカ」を引き当てる。あとはそのカモを騙すだけ――という詐欺の手口が克明に記されている。他人名義のケータイをどうやって手に入れるかというくだりも興味深い。
振り込め詐欺は一時期、本当に儲かったそうだ。で、詐欺で儲けた不良たちを専門に狙う窃盗団や強盗団が存在し……と、まさに弱い者たちが夕暮れさらに弱い者を叩く状態。読み進めるほどに私の心臓は痛み、顔は青ざめていった。ブルーハーツだけに
本書にはたくさんの不良たちが登場するが、そのうち一人のセリフが印象的だ。
「不良マンガは面白くない。だってあいつら、学校に行ってるじゃん。本当の不良は学校なんて行かねえよ」



     ◆ ◆ ◆



まとめ:
イギリスの若者たちが暴れているのは政治信条ではない。だからといって警察力の不備だけに原因を求めるのは思考停止だ。
日本の若者が暴動を起こさないのは、“溜め”のない英国の移民とは違い、まだそこまで追い詰められていないからだ。もちろん日本にも「不良」というクラスタが存在し、カネも溜めもないことから、ときに犯罪に走る。それでも暴動は起こさない。ロンドンの不良たちは略奪行為に走った。一方、日本の不良は振り込め詐欺をした。
なお、溜めもなく犯罪に手を染めることもできない人たち――どん底の人たちがいることを、忘れてはいけないだろう。






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モラルハザードという観点で語られることの多かった援助交際を、貧困と児童福祉の問題として問い直した良著。性道徳がどーのこーの、という議論の空虚さが分かります。かなり有名な本だけど、もしも未読なら、ぜひ。



「ニート」って言うな! (光文社新書)

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>いまだに「ニートって無気力なけしからん若者だ!」と思っている人は一読を。私たちの思いこみが、数字や調査でくつがえされていきます。これが社会学のダイナミズムってやつなのかしらん。あのChikirinさんも夏休みの課題図書として推薦しているゾ!





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