デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

本日発売!『女騎士、経理になる。』ができるまで

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 イラストレーターたちの間では、作業工程を公開しあう文化があるらしい。

 アマチュア同士はもちろん、プロの「神絵師」がノウハウを伝授してくれる場合もある。こういう協力・共創の関係が、日本の豊かな二次元イラスト文化の源泉かもしれない。

 

mazikanon.blog102.fc2.com

 

 

 これの、物書きバージョンがやりたい。

 小説家、まんが原作者、シナリオライター……。「お話を書く」ことを仕事や趣味にしている人たちがいる。しかし、そういう人のアイディア帳やプロットシートが公開されることは滅多にない。完成品の物語は書店に行けば読めるけれど、本当に知りたいのは作業工程だ。文芸系の雑誌を開けば、物語の着想を尋ねるようなインタビュー記事が載っている。だけど、本当に読みたいのは、実際にストーリーを組み立てるときに使った生の手帳や書きかけの原稿だ。

 みんな、見たくない?

 

 私は見たい。

 めっちゃ見たい。

 

 

 

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 こういうことは、言い出しっぺからやるべきだ。

 こちらは私がアイディア帳として使っているノート。オキナ株式会社のプロジェクトノートだ。コピー機に映らない薄いブルーの方眼が引かれており、縦書き・横書き・作図が自由自在。一度終売になったときに買い溜めたものを少しずつ使っている。今ではリニューアルして再版されている。

【お知らせ】

 本日、6月24日(金)に拙作『女騎士、経理になる。』のコミックス第2巻ノベルス第1巻が同時発売されました!一部の店舗では購入特典もあります!

※コミックスの試し読みはこちらから
※ノベルスの試し読みはこちらから

  以前からお知らせしていたとおり、本日、拙著2冊が同時発売された。

 今回のブログ記事では、ノベルス第1巻収録「第5章 プライス・オブ・ライフ」のプロットができるまでを公開したい。

 当然ながら、ネタバレ注意!

 ネタバレが嫌だという方は、原作SSに先に目を通していただくか、拙作をご購入いただければ感謝甚大である。

 

 

 

 では、さっそく私のノートをお見せしよう。

 

 

 

 

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って、ダメだ。

字汚すぎ。

 

 

 

 

 とても人様にお見せできるような文字ではない。

 くそっ、こんなことなら日ペンの美子ちゃんの講座をきちんと受講しておくんだった。意気揚々と新しいことを始めようとした結果、こんなつまらないことで頓挫するなんて……。

 

 

 

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 というわけで、パワポのスライドにした。

(※もう本当にパワポ大好き。Microsoft製品のなかで一番手軽に「ものを作る楽しさ」を味わえるアプリだと思う)

 ノートの見開き1枚の内容をくまなく再現してみた。けれど、この画像を見ても「ストーリーを組み立てる過程」はサッパリ分からないと思う。なので、作業工程順に解説していきたい。

 私の場合、実際にストーリーを書き始める前に、ざっくりと次の6工程を踏んでいる。

(1)ログラインを書く

(2)アイディアを膨らませる

(3)プロットを組み立てる

(4)細部を詰める

(5)「シーン展開の箇条書き」を作る

(6)書き始める

 今回の記事はあくまでも「私はこうやっているよ」という作業の公開で、「このやり方が正しい」とか「こうするべき」という話ではない。念のため。

 では、順番に説明していこう。

 

 

 

(1)ログラインを書く

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 ログラインというのは、お話のあらすじを1~2行でまとめたものだ。面白い映画は、大抵、ログラインだけでも面白い。どうしてそんな状況になったのか、どうやって問題を解決するのか、興味をそそられるものになっている。

 たとえば……

30年前にタイムスリップしたら若い頃の母親に惚れられてしまい、何とか父と母を結びつけようとするバック・トゥ・ザ・フューチャー)」

クリスマスに、テロリストに占拠されたハイテクビルから別れた妻を助けることにダイ・ハード)」

高卒ワーキングプアのシングルマザーが公害訴訟で大企業をとっちめる(エリン・ブロコヴィッチ)」

  こんな感じだ。

 

 私の場合、新しいお話を作るときは、まず最初にログラインを決める。

 といっても、最初に書いたログラインがそのまま残るとは限らない。プロットを組み立てている過程であらすじが大きく変わってしまうこともあるからだ。最初に書くログラインは「着想のメモ」に近い。ログラインが威力を発揮するのは実際に書き始めてからだ。お話の展開に迷ったときの道しるべになってくれる。

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 今回の「プライス・オブ・ライフ」の場合、最初に書いたログラインは「もしもヴェニスの商人の世界に生命保険があったら?」だった。とはいえ、完成したストーリーには「人肉を担保にした借金」「貿易船が沈む」というモチーフが残ったぐらいで、あらすじはかけ離れたものになった。こういう場合、本来であれば執筆に取りかかる前にログラインを書き直したほうがいいと思う。

 

 

 

 

 (2)アイディアを膨らませる

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  ともあれ、『女騎士、経理になる。』の世界観だ。この世界で生命保険がないことで、どんな困難が起きるだろう?

 すぐに思いついたのは、戦争未亡人が困窮するというものだ。

『女騎士、経理になる。』は、各章にゲストとして新キャラクターが登場し、その人物の抱えた問題を3人娘(※女騎士、ダークエルフ、司祭補)が解決する、という構成を取っている。戦争未亡人がゲストキャラクターになり、彼女に対して3人娘がどう反応するかをメモした。

 

 

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  また、今回のテーマは「生命保険」だ。

 できれば「3人娘が生命保険を発明することで問題を解決する」という展開にしたい。そこで、保険の簡単な歴史をメモした。アイディア帳にはこれしか書いていないが、参考資料には念のためふせんを入れておく。

 ギリシャ時代から「冒険貸借」という契約があり、それが保険の原形になったらしい。ルネサンス期には海上保険が利用されるようになった。生命保険が発明されるのは、正確な人口統計が計算できるようになった近代以降だ。

 

 

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 「生命保険がなければ、妻子を残して戦地に出るのはきっと嫌だろうな」というアイディアが浮かんだ。なので、この世界では兵士不足が問題になっているはずだ。

 アイディアを膨らませて、兵士不足が起きる理由を設定していった。

 

 

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  お話を盛り上げるには、障害があったほうがいい。ライバルを登場させるのは簡単な方法だ。今回のお話では「ダークエルフが生命保険を発明して問題を解決する」というストーリーがやりたい。ということは、ライバルたちには生命保険以外の解決策を提案させればいい。

 

 

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  本作では、「内務大臣」を3人娘の味方キャラクターとして設定している。ライバルたちのアイディアに、反対意見を表明してくれるはずだ。一方、敵キャラクターの「財務大臣」は、そんな内務大臣を嘲笑するだろう。(※ちなみに完成した原稿では、内務大臣は登場せず、彼のサポートをしている色白青年がこの役割を果たした)

 もちろん、ダークエルフの「生命保険」という解決策も、簡単に実行できるものであってはならない。絶対に実現不可能だと思えるほうが、その解決策が成功したときのカタルシスは大きくなるはずだ。

「死の可能性を正しく計算する」のは、この世界では今まで不可能だった。ライバルキャラの秘書はもちろん、味方キャラである色白青年からも「不可能だ」と言われてしまう。

 ところがダークエルフは、教会の資料と魔法のそろばんで問題を解決してしまうのだ。このあたりは史実をヒントにした。

 

 

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 徴兵制の歴史をリサーチして、メモを追加。昔の徴兵制は、詐欺や誘拐まがいの方法で農民を集めたり、教会の集会を襲ったりと、わりと滅茶苦茶の方法がまかり通っていたらしい。また、村ごとに一定数の男子を提供するよう要請したところ、村の嫌われ者や人間関係に問題を抱えている者など、ロクな人材が集まらなかったという。

 

 

 

 (3)プロットを組み立てる

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  リサーチとネタの量がそこそこ増えてきたので、プロットを組み立てる作業に入る。私の場合、上図にあるような矢印を引いて、そこに肉付けをしていく形でプロットを固めていく。

 

 

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 この矢印の意味を説明しておくと、私の場合は「三幕構成」というテクニックでストーリーを組み立てている。三幕構成については優れた教科書が何冊も出ているし、私よりも詳しい人も多いと思う。このブログでは三幕構成についてまとめた記事を以前書いた。

 簡単に説明すると:

・お話は、3つのパートで出来ている。

・3つのパートとは、物語の発端と状況設定となる《第1幕》、葛藤(conflict)が起きる《第2幕》、そして解決に向かう《第3幕》である。

・各幕の長さは「第1幕:第2幕:第3幕=1:2:1」の比率になる。

 というもの。 

「第1プロットポイント」とは、第1幕が終わり第2幕が始まる時点のこと。ここまでで状況設定が終わり、登場人物たちは物語の本当の目的に気づく。本筋が始まる。

「ミッドポイント」とは、お話のちょうど真ん中にある物語の転換点のこと。ここでストーリー展開が大きく動く。また、この時点で起きるできごとによって結末が不可避になる場合が多い。

「第2プロットポイント」とは、第2幕が終わり、第3幕が始まる時点のこと。ここまでに登場人物たちは主要な葛藤を解消し、最後に残った大問題に立ち向かうことになる。このあとすぐに始まるクライマックスへと物語を受け渡す。

 

 

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  今回の場合、「ダークエルフが生命保険を発明して問題を解決する話」にしたい。となれば、クライマックスは当然「生命保険の発明(と、その解説)」になる。

 では、生命保険によって解決される「問題」とは何だろう?

 ダークエルフが生命保険を発明したところで、ゲストキャラクターの戦争未亡人が救われるわけではない。彼女のような者がこれ以降登場しなくなるだけだ。したがって、「戦争未亡人を助ける」という問題は、このクライマックスにはふさわしくない。

 生命保険によって解決されるのは「兵士不足」のほうだ。お話のなかで解決すべき問題が定まったので、それを第1プロットポイントに記載する。

 また、ミッドポイントを「結末が不可避になる点」だと考えれば、ここには「冒険貸借の仕組み」の解説を配置するのがいいだろうと判断した。ここからストーリー展開ががらりと変わり、物語の後半は保険の歴史を再提示するようなお話になるわけだ。

 そして第2プロットポイント。クライマックスが「生命保険の発明」なら、この部分は「生命保険の実現がどれほど不可能か」を書けばよさそうだ。

 

 

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 物語の冒頭と結末も決めておこう。

 冒頭は、ストーリー全体の流れや雰囲気を決定づけるようなシーンがいい。ここは『ヴェニスの商人』のアントーニオが不安げに港を眺めているシーンを再現したいと思った。今回のお話は戦争未亡人が登場するため、それほど明るいお話にはならなそうだ。2004年の映画『ヴェニスの商人』の冒頭シーンの、もの悲しい雰囲気ならばバッチリだと判断した。

 しかし、アントーニオ役を誰にやらせるかを、この時点ではまだ決めていなかった。なのでノートには「誰が?」とメモされている。

 また、クライマックスで取りこぼした問題があれば、それは結末部分で拾わなければならない。今回の場合、クライマックスは生命保険の発明だ。これにより兵士不足は解決されるが、ゲストキャラクターの戦争未亡人は救われない。ストーリーに救いを持たせて、できるだけハッピーエンドに近づけるために「司祭補がマイクロファイナンスを思いつく」という結末を設定した。

 

 

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 アントーニオ役を誰にするかを考えなければならない。

 ここで「女にしてみたら?」というアイディアが浮かび、第2のゲストキャラクターである貿易商夫婦が登場することになった。

 また、世界観設定資料(※このノートとは別に作ってある)の内容で、まだ本編では語っていない部分を書く必要があることを思い出した。新大陸の現状についてだ。ここでは、幼メイドが疑問を持ち、司祭補がそれに答えるという形を取ることにした。こういう説明パートを書くときは、子供キャラクターがいると便利だ。たとえばテレビアニメ『とある科学の超電磁砲』第1話「電撃使い(エレクトロマスター)」(脚本:水上清資先生)などは、子供を使って手際よく説明パートを済ませるお手本だろう。

 

 

(4)細部を詰める

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 で、さらにプロットの細部を詰めていく。

 今回のお話は、冒頭部分の「つかみ」で語られたできごとが、ミッドポイントもしくはその直前に回収されるというパターンを採用することにした。物語の後半では保険の話題をする予定なので、冒頭で提示した話題はミッドポイントまでにある程度解決しておく必要があるからだ。また、ミッドポイントは結末が不可避になる点だ。キーアイテムの「教会の資料」をストーリーに放り込むなら、このタイミングしかないだろう。

 物語の後半は、保険の話題だ。

 ミッドポイント付近で冒険貸借の仕組みを説明したあと、クライマックスに入る前に、海上保険について説明しておく必要がある。

 

 

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 何の脈絡もなく「教会の資料」のような便利アイテムが登場すると、ご都合主義な展開に見えてしまうかもしれない。ノートには「伏線を張っておく」とメモされていた。

 

 

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 ここまでのプロットを眺めて、お話に足りなさそうな要素を考えてみた。

 今回の場合はサスペンス性が低いと感じた。兵役不足が問題だ。けれど、それが何だというのだろう? 3人娘たちが問題を解決しようとする動機が弱いのだ。そこで、兵役不足が解決できなければ、徴兵制が敷かれて銀行家さんも前線に出ることになるという設定を追加した。「秘書」のキャラクターを使えば、無理なくそういう状況設定を行うことができそうだ。

 

 

(5)「シーン展開の箇条書き」を作る

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 アイディア帳に書かれているのは、ここまでだ。

 このあと、実際に原稿を書き始める前に、私は「シーン展開の箇条書き」を作っている。これは1つひとつのシーンを1行でまとめて箇条書きにしたものだ。シーンの流れを確認して、ストーリーが破綻無くつながるか、伏線やミステリーなどの仕掛けがうまく機能するかどうかを確認する。

 今回の場合なら、こんな感じだ。

(1)プロローグ:帝都銀行に手紙が届く。

(2)波止場の食堂。貿易船を待つ一行

(3)かっぱらいの兄弟に鞄を盗まれる。

(4)3人娘、貧民窟に潜入

(5)戦争未亡人の親子と出会う

(6)・・・・・・

(7)・・・

  これを、お話の冒頭から結末まで作っておく。

 プロットと呼ぶには細かすぎるし、箱書きとも違う。どうにも呼び名に困るので「シーン展開の箇条書き」とここでは呼んだ。考え方としては、シド・フィールドの「5×3情報カード」がいちばん近いかもしれない。ここまで来ると、書き直しの作業が増えてくる。シーンの順番を並べ替えたり、削除したり挿入したり……。紙のノートでは不便なので、箇条書き作り以降の作業はパソコンだ。

 箇条書きが完成したら、いよいよ実際の執筆に入る。シーン展開をあらかじめ決めておけば、執筆中は各シーンの演出やセリフ回しだけに集中できる。そのほうが書いているときにラクチンなので、私は必ず箇条書きを完成させてから執筆に着手している。

 

 

 思ったよりもに長くなってしまったが、私のアイディア帳と作業工程の一部を公開してみた。

 完成品がどういうお話になったのかは、原作SSを読んでいただくか、ノベルス版を手に取っていただけると嬉しい。

 

 

 

 

◆サイン会情報◆

 

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三ツ矢彰先生と私でトークイベント&サイン会を開催します!

■開催日■
2016年7月24日(日)14時~16時(※予定)

■開催店舗■
TSUTAYA 三軒茶屋店

■イベント内容■
TSUTAYA三軒茶屋店内にてトークイベント(約1時間)
トークショー終了後、サイン会(約1時間)

■サイン会予約開始日■
2016年6月18日(土)より予約受付開始

■サイン会参加方法■
TSUTAYA三軒茶屋店内にてコミックス第2巻またはノベルス第1巻をご予約、ご購入いただい方にサイン会参加チケットをお渡しします。
※お電話でのご予約可
※電話番号:03-5431-7788

■注意事項■
・あらゆる機材での撮影ならびに録音は厳禁とさせていただきます。
・サイン会参加チケットのお渡しは先着順を予定しています。
・イベント進行の都合上、当日に改めて制限を加える場合がございます。
・イベント進行上、発言や行動が混乱を招くものと判断された場合は退場をお願いすることがございます。

※その他、細かな注意事項等は幻冬舎コミックス公式サイトをご確認ください。

 

 

 

女騎士、経理になる。  (1) 鋳造された自由

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