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「心の理論」と物語の創作術

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 面白いお話を作るには、「心の理論」に精通している必要があるのではないかと最近よく考える。生得的なものであれ、後天的なものであれ、他人の外観から内面を推測する能力に優れていないと、お話作りは難しい。そういう能力をただ持っているだけでなく、観客の持つその能力を操らなければならないからだ。

 

 

「心の理論」は、霊長類研究者が1970年代に使い始めた言葉のようだ[1][2]

 自分とは違う個体が何を考えているのか、どんな感情で、何を求めているのか。それを推測する能力があれば「心の理論を持っている」と言える。

 人は、自身の行動が、自身の信念(知識、予測)や欲求(欲望、希望)に基づいたものだと理解している。そして他者には他者の信念や欲求があり、他者はそれに基づいて行動していると理解している。さらに自身と他者では、信念や欲求が違うことも理解している[3]

 心の理論については、心理学者ハインツ・ヴィマーとジョゼフ・パーナーの行った「誤信念課題」がよく知られている。たとえば、マキシ課題という有名なテストがある。

 まず、箱の中にごちそうを隠す場面を子供に見せる。その場にはマキシという人物も同席している。さて、マキシが部屋を出て行ったあとで、ごちそうを箱から出して、新しい場所(たとえばかごの中とか)に隠す。以上の場面を見せたあとで、マキシが部屋に戻ってきたらどこを探すと思うかと子供に尋ねるのだ。

 正解は、もちろん箱の中だ。ごちそうがかごに移されたことをマキシは知らない。ごちそうを食べたくなったら、当然、箱の中を覗くだろう。4歳児のほとんどがこの課題に正解できる。一方で、3歳以下の子供の場合は、かごの中を探すと答えることが多い。どうやら幼い子供たちは、マキシの知識と自身の知識が違うということを理解していないようなのだ[4]。このような実験から、私たちヒトの「心の理論」は3~4歳ごろに完成していくと考えられている。

「他人の心は理解できない」なんて言われるが、現実は違う。

 成長の過程で私たちは「心の理論」を獲得して、他人の心が読めるようになる。

 ちなみに、心理学者バロン=コーエンによれば、高機能自閉症児は社会性とは無関係な課題なら好成績を収めるものの、マキシ課題のような誤信念課題には決まって失敗するという。一方、ダウン症のような知的遅れのある子供の場合、一般的な知能を測定する課題の成績が低くても、心の理論課題には簡単に成功するそうだ[5]

 

 マキシ課題を読んで、ピンと来なかっただろうか?

 そう、この課題を解くときの私たちの心理は、映画を見るときのそれによく似ているのだ。登場人物が何を考えているのか。どんな欲求に基づいて行動しているのか。映画を見るときの私たちは、つねに登場人物の内面を推測しながらスクリーンを眺めている。

 心理学者は、映画を「感情装置」と呼ぶことがあるそうだ[6]。これは核心を突いた呼び名だと思う。映画はマキシ課題を超絶ハイレベルにしたものにほかならないからだ。

 

 たとえばナイフを持った男がクローゼットに隠れたとする。

 そこにリア充カップルが現れて、熱いキスを交わしたとする。

 さて、次に何が起きる?

 

 映画の観客は、ナイフを持った男の行動から、彼に「殺意」があることを推測する。そしてクローゼットに男が隠れていることをリア充の2人は知らないであろうと、推測する。だから、次に何が起きるかを推測できる。映画を観ているとき、私たちの脳は「心の理論」を駆使しているのだ。

 お話を作るとき「心の理論」に精通していたほうがいいというのは、こういうことだ。とくに映画や演劇、漫画のような「登場人物の行動から内面を推測させる」タイプの表現ではそうだろう。たとえ小説でも、登場人物の感情を直接書き下すのはちょっと野暮ったい。できれば行動や仕草によって、そのキャラクターの内面を描写したい。

 たとえば登場人物が喜んでいるとき、どんな行動をするだろう。

「笑みを浮かべる」「目が輝く」「その場で飛び跳ねる」「隣にいる友人をバシバシ叩く」「感激のあまり自分の体を抱きしめて崩れ落ちる」等々……。同じ「喜び」の表現にも、無数のバリエーションがある。こういう行動のひきだしが多いと、お話を作るときに便利だ。

 たとえば小説なら、喜びを表現する語彙をどんなにたくさん持っていても、登場人物の喜びが読者に伝わるとは限らない。「欣喜雀躍」という四字熟語を読者が知らなければアウトだ。もちろん語彙は豊富であるにこしたことはないけれど、行動やしぐさのひきだしはもっと重要なのではないかと思う。

 

 またヒトは、予想通りのことが起きると安心する。

 予想外のことが起きると驚く。

 安心したいときに安心できればヒトは喜ぶ。また、驚きたいときに驚かされれば、やはりヒトは喜ぶ。心の理論を駆使して、予想通りと予想外をバランスよく見せてやれば、ヒトは喜び続ける。面白いお話とは、そういうお話だ。

 ホラー映画で最初にイチャついたカップルは必ず死ぬ。リア充カップルが殺人鬼の餌食になったら、「ほら言わんこっちゃない!」とツッコミつつ、私たちは生き残った主人公を応援する気持ちになる。予想通りのできごとが起きたので、ある意味で安心して、その先の物語を追いかける気分になるのだ。

 もちろん、予想を裏切ることもできる。

 濃厚なキスをするカップル、ギシギシと揺れるベッド、クローゼットからナイフを握った男が現れて、足を忍ばせて近づいていく。しかし彼がベッドにたどり着いたとき、シーツはすでに血の海。じつは女は異形のエイリアンで、彼氏の肝臓を食べていた!……みたいな感じだ。

 すべてが予想通りに進むと、退屈になる。

 すべてが予想を裏切ると、観客はついていけなくなる。

 大切なのは「予想通り」と「驚き」のバランスだよね……ってあたりでお茶を濁して、今夜は終わりにしたい。

 

 

 

 

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◆参考文献等◆

[1]Does the chimpanzee have a theory of mind? -Behavioral and Brain Sciences / Volume 1 / Issue 04 / December 1978, pp 515- 526
[2]Does the chimpanzee have a theory of mind? 30 years later
[3]D.F.ビョークランド、A.D.ペレグリーニ『進化発達心理学 ヒトの本性の起源』新曜社(2008年)p217
[4]D.F.ビョークランド、A.D.ペレグリーニ(2008年)p218
[5]D.F.ビョークランド、A.D.ペレグリーニ(2008年)p219
[6]カール・イグレシアス『「感情」から書く脚本術』フィルムアート社(2016年)p14