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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

そうだ、SFってこういうものだった。/『インターステラー』感想

冗語 感想
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 忘れかけていた「あの気持ち」を思い出させてくれる映画だった。

インターステラー』はあまり難しく考えずに、童心に帰って観ることができる映画だ。クリストファー・ノーラン監督の作品にしては珍しい。エンディング・クレジットが終わり、劇場が明るくなったとき、私はため息をついた。「そうだ、SFってこういうものだった」と。

 

 


映画『インターステラー』最新予告編 - YouTube

「インターステラー」オリジナル・サウンドトラック
 

 

 

 

 


※ネタバレだらけです。
※未見の人は今すぐ「戻る」ボタンをクリック!

 

 

 

 


1.ノーランにしてはやさしい映画

 中学生のころ、映画好きの友人が言っていた。

ジョージ・ルーカススティーヴン・スピルバーグは、どちらも映像の魔術師だ。ルーカスはあらゆるものをスクリーンに映す魔法を使い、スピルバーグはスクリーンの外の世界を描く魔法を使う」

 そして、クリストファー・ノーランも魔術師の1人だ。

 彼が使うのは、時間の魔法である。

 時間を操作するのは、映画が使える魔法の一つだ。2時間の上映時間で、数千年の歴史を語ることも、わずか数分間のサスペンスを描くこともできる。そしてノーランは、この魔法の天才なのだ。

 たとえば『メメント』ではフラッシュバックを重ねることで、時間をさかのぼりながら物語を描くという荒技を見せた。『インセプション』では、時間の流れの違う平行世界でストーリーを同時進行させた。『ダークナイト・ライジング』の主人公ブルース・ウェインは物語中盤でインドの監獄にとらえられ、「ゴッサムシティの破滅を観ろ」と強いられる。身動きのとれない監獄は、ある意味で時間の制止した場所だ。ここでも時間の流れのズレが物語を盛り上げている。

 時間の流れは、ヒトの心の深い部分をくすぐる。

 何人たりとも、時間には勝てない。どんな美貌の持ち主も老いていき、どんな権力の持ち主もやがて死ぬ。時間は、ヒトの根源的(プリミティヴ)な感情を揺さぶるのだ。

 ノーランは「時間の流れによって生まれる悲喜」を、抜群のストーリーテリングで描く。『インターステラー』でも本領発揮だ。23年分のメッセージビデオを見るシーンの切なさと言ったらたまらない! 『メメント』や『インセプション』では、ミステリーとサスペンスを生むために時間の流れを利用していた。しかし本作では、真正面から時の残酷さに向き合っている。


 ノーラン監督の作品には、もう一つ特徴がある。

 ハリウッド映画の「お約束」をあまり守らないのだ。

 一昔前なら「観客に不親切」と批判されそうなほど、映像も脚本も情報過多だ。上映時間の長さも拍車をかける。世界観の説明、登場人物の行動──。様々な点で、ハリウッドにありがちな展開から一歩外れることが多い。だから観客は物語の先がまったく読めなくなる。ノーラン作品を見ていると、お釈迦様の手のひらの上の孫悟空になったような気分を味わう。

 たとえばブレイク・スナイダーの『SAVE THE CATの法則』という本がある。ハリウッドのヒット作の多くが典型的なパターンの物語展開を持っていることを明らかにして、脚本術の教科書として重宝されているらしい。この本のなかで、ブレイク・スナイダーは『メメント』を痛烈にディスっているのだ。観客にやさしい、「売れる」ための脚本ではないと。

 ただし、映画脚本にも時代による変遷がある。

 たとえばヒッチコックの『サイコ』が面白いのは有名なシャワーシーンまでだし、『素晴らしき哉、人生!』が面白いのは最後の30分だけだ。少なくとも、現代の映画を見てきた私にとってはそうである。

 現在のハリウッド映画は、おそらく1970年代のヒット作を土台に「お約束」が作られてきた。ハリウッド脚本術の大家シド・フィールドは、『チャイナタウン(1974年)』をたびたびお手本として引用している。そういう一時代前の脚本のパターンが、現在では古くなってきているのかもしれない。

 余談だが、ノーラン作品のような情報過多な娯楽映画の先鞭をつけたのは、スピルバーグの『マイノリティ・リポート(2002年)』だと私は思っている。

 未来予知の超能力者を使って犯罪を未然に防げるようになった時代、主人公は「自分が殺人を犯す」という予言を受ける。主人公は果たして逃げ切ることができるのか、それとも本当に人を殺してしまうのか──。

 世界観の説明が終わって主人公が問題に直面するのは、じつに映画開始から40分後だ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『インディジョーンズ』のような80年代の娯楽映画と比べると、驚くほど情報が多い。これだけ情報を山盛りにした映画でもきちんとヒットすることを『マイノリティ・リポート』は証明した。

 

 閑話休題

 

 今作でも、情報過多な「ノーラン節」は残っている。

 部屋の「幽霊」の謎が解けて、主人公が移住先の星を探すというメインのお話が始まるまでに、かなりの時間をかけている。典型的なハリウッド脚本なら、不要なシーンの削除とフラッシュバックを利用して、もっと短時間にまとめるはずだ。

 とはいえ、過去作に比べると『インターステラー』はかなりやさしいお話だ。じつを言うと、私は伏線のほとんどが読めてしまったのだ。「こうなるかな?」と予想したとおりの展開が続いて、ノーラン監督にしてはずいぶん親切な脚本になっているなあと感じた。

 おそらく『インターステラー』は、過去の名作の「作り直し」の側面が大きい。観客に見たこともない世界を見せようとした『インセプション』とは対照的だ。古きよき時代のものを集めて、ノーラン流に再構築しているのだ。だから、あまり難しく考えず、童心に帰って楽しむことができるのだ。

 

 


2.語りたくなるガジェット山盛り

 ノーランは『インターステラー』で、過去の名作の「作り直し」をしたかったのではないだろうか。いい意味で既視感のある映像が多かった。一緒に見に行った友人は、本作を見てようやく『2001年宇宙の旅』の内容が理解できたと言っていた。1968年の映画だ。今見ても難解なあの映画を、誰にでも分かりやすく組み立て直すと、『インターステラー』のような作品になるのだろう。

 既視感のある映像は、他にもたくさん見つかる。

 どこまでも広がるトウモロコシ畑と不思議なメッセージの組み合わせは、『フィールド・オブ・ドリームス』や『サイン』を彷彿とさせる。頭上にそびえ立つ砂煙は、まるで『ミスト』のようだ。少女を助手席に乗せて夜の道を走るシーンは、PS3用のゲーム『LAST OF US』で見た。迫り来る高波や、宇宙ステーションのめくり上がった町並みには、『インセプション』を思い出す。ちかちか光るボタンの並んだコクピット、息のつまりそうな冷凍睡眠装置──。どれも、いつかどこかで見たガジェットだ。

 球形のワームホール重力レンズを再現したブラックホールの映像は新鮮だったが、それ以外の部分では懐かしさを感じる映像が多い。

 理由の一つは、合成をほとんど使っていないことかもしれない。

 本作では、グリーンスクリーンを使った撮影をしていないという。遠浅の海も、凍てつく氷河も、すべてロケで撮影したそうだ。宇宙船の船内は実物大のセットを作り、(NASAの宇宙飛行士がそうしたように)IMAXのカメラを持ち込んで撮影した。砂嵐は実際に砂をまいたし、主人公の自宅のセットはトウモロコシ畑を育てるところから作ったという。リアリティを生むために贅沢にカネを使っている。

 最近では、どんな映像でもCGで作れるようになった。だからこそ、合成に頼らず、特撮の技術を活用した映像が、なんとも言えないノスタルジーを生んでいるのだろう。

 映像だけではない。ストーリーも「古き良き時代」を感じさせる。

 まだ見ぬ世界を求めて惑星を巡るのは、アーサー・C・クラーク『都市と星』の後半を思い出させる。また作中では人類移住計画を「ラザロ計画」と呼んでいるが、ハインラインの『メトセラの子ら』で地球脱出を目指す主人公の名前がラザロだそうだ。不勉強な私は未読だが、宇宙戦艦ヤマトの元ネタになった小説だという。近いうちに読みたい。

 何より、本作のメッセージに私は驚いた。

「前に進むためには、後ろに何かを置いていかなければいけない」

 そして主人公は、想像を絶するほど遠い未来にたどり着く。多くのものを後ろに残したまま。これは、新城カズマ『サマー/タイム/トラベラー』にも通じるテーマだ。もちろんノーランがこの小説を読んでいるとは思えない。現代社会を見つめるなかで、似たような結論に達したのだろう。

 

 

 

3.もう一度、空を見上げろ

 この作品のテーマは、かなりアッパーだ。

「意識高い」と言ってもいい。

 じっと立ち止まるのではなく、もっと前へ、もっと遠くへ足を踏み出せと訴えかけてくる。

 疲弊した地球で、人類はゆっくりと滅びの時を待っている。アポロ計画のような過去の栄光は「ウソ」だったことにされている。しかし主人公は、この閉塞感に満ちた時代に「ノー」を突きつける。ゆったりとした農村生活を潔(いさぎよ)しとせず、家族を残して宇宙に旅立つ。泣きじゃくる娘に「こんな形で別れたくない」と言うものの、和解を待たずに出かけてしまう。そういう父親なのだ。

「We used to look up at the sky and wonder at our place in the stars, now we just look down and worry about our place in the dirt.(かつて人々は星を見上げていたが、今では地面の砂ばかり見て心配している)」

 これが主人公の不満であり、行動原理だ。

 私たちが、いつの間にか忘れていたものだ。

 

 私たちが子供のころ、なりたい職業のナンバーワンは宇宙飛行士だった。

 秋山豊寛さんが日本人初の宇宙飛行を果たしたときの映像を、私は覚えている。毛利衛さんの「宇宙から国境線は見えなかった」という言葉に感動した。向井千秋さんが日本人初の女性宇宙飛行士になったときは、時代は着実に宇宙に近づいていると感じた。小学校の図書室の「宇宙図鑑」はいつでも貸し出し中で、みんな食い入るようにページを見つめていた。

 あのころの予定では、今ごろ私たちは月面基地を開発しているはずだった。宇宙は、テクノロジーの象徴だった。生命の存在を許さない宇宙を組み伏せることが、人類の知性の勝利だった。

 かつて東南アジアの先住民は、卓越した航海術で丸木舟を走らせ、ポリネシアまで至る何万キロもの海を制覇した。ノルウェーのヴァイキングは北極圏を開拓し、コロンブスは大陸への到達を信じて大西洋を東進した。20万年前にアフリカ大陸を旅立ったあの日から、人類は英知を集結して、版図を広げてきたはずではないか。

 だけど、今はどうだ?

 私たちは最先端のテクノロジーを使って、背中を丸めてソーシャルゲームを遊んでいる。技術とカネをつぎ込んで、家から一歩も出ない暮らしを実現しようとしている。人類史上、こんな時代は初めてだ。

「そんなのつまらない!」というノーランの叱咤が、この映画だ。

 宇宙に夢と希望が満ちていた時代。あの時代に、もう一度戻ってほしいという祈りだ。

 スクリーンの向こうの星空を旅する宇宙船に、みんなわくわくしたはずだ。きらきら光るコクピットに自分も座りたいと思ったはずだ。リアリティに満ちた映像で、『インターステラー』はあのころの気持ちを思い出させてくれる。

 

 大人になってしまった私たちは、もはや宇宙少年には戻れない。

 前に進むには、たくさんのものを後ろに置いていかなければいけない。

 

 それでも前に進めと『インターステラー』は訴える。「人間が想像できるものは、すべて人間が実現可能だ」とジュール・ヴェルヌは言ったという。ならば、人間の想像力の限界に挑戦して、私たちが遠い未来にどこまで行けるのかを示す。それがSFだ。SFとはそういうものだったはずだ。

インターステラー』は、私たちの忘れかけていた気持ちを奮い起こし、未来への想像力を刺激してくれる、じつにSFらしい映画だった。

人類がまだ火星に到達していないのは、つまるところ、火星探索事業のマーケティングが失敗に終わったからだ。

──『月をマーケティングする』

 知人の子供たちをつれて、次の週末はひさしぶりにプラネタリウムに行こうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

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※最後に残った謎が一つ。トラクターの不調の原因がよく分からなかった。インド空軍のドローンは世界観の説明のために必要なものだし、部屋の「幽霊」には明快な種明かしが準備されている。ただ一つ、トラクターだけがよく分からない。みなさんなら、あれをどう解釈しますか?