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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

「まだ死ねない」という感覚/マンガ『アイアムアヒーロー』感想

冗語 感想
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「絶対に読め」と言われていた。
「絶対に読んでやる」と思っていた。
ほかの用事に忙殺されて、なかなか手に取れなかった。想像以上の傑作だった。
アイアムアヒーロー』は現代日本を象徴するようなマンガだと思う。たしかに読む人を選ぶ作品だし、第1巻を読み通すには根気がいる。けれど、そのハードルを越えたら後はノンストップ。徹夜になること間違いなしだ。



アイアムアヒーロー 1 (ビッグコミックス)

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作者の用意した「仕掛け」を最大限に味わうには、前情報が一切ない状態で読んだほうがいい。第1巻はちょっと退屈だが、それは作者が準備した演出だ。できるだけネタバレには触れずに、ぜひ読み通してほしい。で、第1巻を消化した時点で肌に合わなければやめてオッケー。万人にオススメできるマンガではない。
というわけで、未読の人はここから先は読まないでほしい。
ネタバレ全開で感想を書こう。






        ■ネタバレまで5■







        ■ネタバレまで4■







        ■ネタバレまで3■







        ■ネタバレまで2■







        ■ネタバレまで1■











諸事情によりまだ4巻までしか読めていないが、あまりにも面白かったので感想を書く。
アイアムアヒーロー』は、舞台が現代日本である以外はきわめてオーソドックスな「ゾンビもの」だ。とくに第1巻を丸々使って日常パートを描いたのが秀逸で、日常崩壊の衝撃度を激的に高めている。また、「かまれた人と同じタクシーに乗る」等、主人公を危機に陥れる方法が上手く、読者は手に汗を握りながらページをめくらされてしまう。作者がとんでもないサディストなのは間違いない。もしくは、とんでもないマゾヒストか。
しかし、技巧的なうまさだけが『アイアムアヒーロー』の魅力ではない。
小手先のワザだけでは、こんなにも感情移入を誘う作品にはならない。登場人物に自分を重ねてしまうからこそ、「街がゾンビだらけになる」という荒唐無稽な物語に、強烈な説得力が生まれるのだ。
では、『アイアムアヒーロー』のどのような部分が、私たちに感情移入させるのだろう。




アイアムアヒーロー』は、主人公に「守るべきもの」がない。これがいかにも現代日本っぽいなと思った。
どんな物語であれ、主人公にはストーリーをドライブするための「動機」が必要だ。「ゾンビもの」の場合も例外ではなく、主人公が行動を起こさなければ物語は前に進まない。街がゾンビだらけになった時に、ひたすら引きこもって救済を待つような主人公では、文字通りお話にならないのだ。
たとえばPOV映画の佳作『REC』の場合は、「ひきこもる場所をなくす」という逆転の発想で主人公に動機を与えている。「ゾンビだらけのマンションに閉じ込められた」なら、主人公が次に考えるのは「いかにして脱出するか?」だ。どこかに隠れて災難が過ぎるのを待つよりも、脱出しようとあがくほうが自然だ。状況設定のうまさにより、『REC』は「主人公が引きこもってしまう問題」を解決している。



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オーソドックスな「ゾンビもの」の場合は、主人公に何か「守るべきもの」を与えて動機にする場合が多い。ような気がする。
たとえばドラマ『ウォーキングデッド』は分かりやすい例で、「家族を探す」という動機によって主人公は行動を始める。家族という「守るべきもの」が無ければ、わざわざゾンビに噛まれるリスクを冒してまで旅をしようとは考えないだろう。『ウォーキングデッド』は第二期以降も、ひたすら「いかにして守るか」というお話を描いている。ちなみに第三期はまだ見ていない。
また『アイアムレジェンド』の場合なら「治療法の研究」が主人公の守るべきものになっている。ウィル・スミスが街で物資を集めるのも、ダークシーカーを生け捕りにするのも、すべては治療法の研究を続けるためだ。なお、研究だけではインパクトが弱いからか、愛犬サムをもう一つの「守るべきもの」として登場させている。ちなみにサムの名前がほんとうはサマンサでメス犬だったと分かる瞬間が、この映画でいちばんインパクトのあるシーンだった。
主人公に守るべきものがあるからこそ、物語が動く。
最近のものでいうと、ゲーム『Last of US』に至っては「守るべきものを見つける話」だ。外敵から「守る」お話が、向こうの国のゾンビものでは定番なのだろうか。昔のゾンビものはともかく、少なくとも最近のやつは。
主人公に守るべきものが一切ない『アイアムアヒーロー』とは対照的だ。





アイアムアヒーロー』の主人公には「守るべきもの」がない。少女と出会っても、彼女を守るどころか逆に逃走をリードされる始末だ。少女から「おっさん」と呼ばれて「まだ35歳だ」と答えているように、内面的にはまだ若者=彼女と対等だと思っている。少女を守る対象と見なしていないのだ。
では、一体なにが彼を突き動かしてるのかといえば、「まだ死ねない」という感覚だ。まだ俺は何も成し遂げていない、俺の人生はまだ何も始まっていない、だから、俺はまだ死ねない。主人公の仲間の一人は、街がゾンビだらけになってようやく生きている実感を持てたと告白する。以前の主人公は「想像上の友人」と会話することで現実逃避していたが、街がゾンビだらけになってからは妄想が消え去り、現実を直視するようになる。なぜなら、まだ死ねないからだ。まだ発狂できないからだ。
そういう「まだ死ねない」という感覚を、35歳の主人公の動機にする。生き残る動機、物語を前に進める動機に設定してしまう。35歳といえば、ロスジェネの最後のほうに引っかかってる世代だ。何かを成し遂げられるほど恵まれた人は少なく、同時に、何かを成し遂げるには歳を取り過ぎてしまった……と諦念するには早すぎる。35歳の主人公だからこそ「まだ死ねない」という感覚が物語を動かしうるのだ。





俺は何も成し遂げていない。
俺の人生はまだ何も始まっていない。
だから、俺はまだ死ねない。
現代日本では、『アイアムアヒーロー』の主人公と同じ感覚を抱いている人が珍しくないだろう。誰もが抱く感覚を主人公の動機に設定したことで、本作は読者に深い感情移入を誘い、強烈なリアリティのある傑作に仕上がった。
世界よ、これが日本の「ゾンビもの」だ!






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