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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

「ソーシャルゲームへの批判」はむしろゲームの可能性を狭くしてないか?という懸念

冗語
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ソーシャルゲームが批判されている。
あんなものはゲームではない。ボタンを連打するだけの作業に数万円を注ぎ込むなんておかしい、理解できない、きっとズルくて悪いことをしてるに違いない――。そして「射幸心をあおる仕組み」が批判の的になる。批判の根底にあるのは「理解をこえた新しいもの」に対する拒絶感だ。トレーディングカードゲームに何万円も使っている私でさえ、サーバ上のデータに湯水のようにカネを使うのは理解できない。少なくともTCGXbox liveと同程度の金額を払ってもいいと感じるコンテンツは、MobageGREEには存在しない。



しかし、だ。



ネットや新聞、雑誌で見かける「ソシャゲ批判」には、的を射たものが少ない。ゲームの範囲を狭く設定したうえで、そこに一致していないからソシャゲはダメ……という論法を稀によく見る。「俺にとってゲームとは○○○だ。○○○こそがゲームの中のゲームだ」と宣言して、「○○○と違う部分が多いからソシャゲは許せない」と批判する。
それって、むしろゲームの可能性を狭くしているのではないだろうか。より豊かで楽しい娯楽の可能性を、経験と偏見で狭くしていないだろうか。「ゲーミフィケーション」が流行語になっている今こそ、「ゲーム」について再考したい。



ソーシャルゲームよりゲーセンのほうが「高コスト」問題
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20130303/p1
※シロクマ先生にとって「ゲーム」とはアーケードのSTGのことを言うらしい。




ソーシャル死ね。ソーシャルゲーム死ね。ゲームを返せ。ゲームから出てけ。
http://www.sinseihikikomori.com/2012/03/blog-post_23.html
※真性さんにとって「ゲーム」とはdota allstarsのことを言うらしい。





誰にでも「思い入れのあるゲーム」はある。私の場合はセガサターンの『パンツァードラグーン』シリーズだ。世界観も、ゲーム性も、音楽もストーリーもすべてが最高だった。初めてCoD4をプレイした時には鳥肌を禁じ得なかったが、それでもパンドラシリーズに比べたら色褪せたものに見えた。子供のころに遊んだゲームの、生まれて初めての興奮を、新しいゲームから感じるのは難しい。
ヒトは「新しいモノ」に対して保守的な生き物だ。
そしてソシャゲは新しいゲームだ。
ソーシャルゲームを批判するときは、ただ「新しい」という理由だけにならないよう注意したい。




        ◆




そもそもゲームとは何だろう。いろいろな定義ができるが、私は次のように考えている:
「プレイヤーに課題を与え、プレイヤーのアクションに対してリアクションを返すもの」
これがゲームだ。
たとえば「じゃんけん」は、もっとも原始的なゲームの1つだ。プレイヤーには「他のプレイヤーと同時にグー・チョキ・パーのいずれかの手を出す」という課題が与えられる。プレイヤーは「手を選んで出す」というアクションを行う。すると「他のプレイヤーの手に応じて勝敗が決まる」というリアクションを得られる。
たとえば「しりとり」は、もっとも古典的な「リソース争奪ゲーム」だ。プレイヤーには「直前のプレイヤーの単語Aの語尾から始まる単語Bを選ぶ」という課題が与えられる。「選んだ単語Bを言う」というアクションを起こすと、「単語Bから始まる単語Cが選ばれる」というリアクションが得られる。2人プレイのしりとりの場合、この単語Cの語尾が次の課題になる。つまり、しりとりはプレイヤー同士でリアクションと課題とを交換するゲームなのだ。しりとりは「同じ単語を言ってはいけない」というルールが存在するため、「日本語の単語」という単一のリソースをプレイヤー同士で奪い合うことになる。したがって、しりとりは「リソース争奪ゲーム」の一種だといえる。
アクションを起こすのはプレイヤーだ。では、課題やリアクションを与えるのは誰だろう。いったい何が、プレイヤーにアクションを求めるのだろう:そういう「課題やリアクションを与える存在」のことを、ルールと呼ぶ。




「たまごっち」はゲームである。
「決まった時間に世話をする」という課題をプレイヤーに与え、プレイヤーが「エサをやる・うんちを流す」といったアクションを起こすと、ぴーぴー喜ぶというリアクションが返ってくる。さらに、それを続けることによって「キャラクターの進化」という劇的なリアクションを得られる。
たまごっちに戦略性はない。初代たまごっちでは進化のバリエーションも多くないし、レアキャラに進化させたからといって何かが得られるわけでもない。一言でいえば「ゲーム性が低い」……にもかかわらず、初代たまごっちは社会現象になるほどヒットした。たまごっちに面白さを感じる人が、信じられないほどたくさんいた。
「課題」「アクション」「リアクション」……たまごっちをゲーム足らしめている部分は必要最低限だ。しかし、それでも、世の中の大多数の人々にとって、たまごっちは「面白いゲーム」だった。




        ◆




ゲームの条件は「課題」「アクション」「リアクション」があることだ。しかし、この条件を満たしているからといって「面白いゲーム」とは限らない。じゃんけんはゲームだが、寝食を忘れてのめり込むほど面白いゲームではない。しりとりはゲームだが、大人同士で楽しむためには追加ルールが必要だ。 (※動物の名前縛り、食べ物の名前縛り、真ん中に「ん」のつく言葉縛り等)


「ゲームの条件」は、もういい。
知りたいのは「面白いゲームの条件」だ。


ところで、Magic: the Gatheringは世界でいちばん面白いゲームだ。
このゲームのリード・デザイナーを長年務めているマーク・ローズウォーターは、私にとって神様みたいな人だ。(※このゲームの創始者リチャード・ガーフィールドは本物の神様だ)
マーク・ローズウォーターは「ゲームに必要な10のこと」というコラムを執筆している。そこに登場する10個のポイントこそ、「面白いゲームの条件」にいちばん近いものではないだろうか。




ゲームに必要な10のこと
http://mtg-jp.com/reading/translated/002615/



#1) 目標(1つでも複数でも)
#2) ルール
#3) 相互作用
#4) 逆転要素
#5) 勢い
#6) 驚き
#7) 戦略
#8) 楽しみ
#9) フレイバー
#10) ヒキ



私は冒頭で、「ソシャゲにはカネを払うに値するコンテンツがほとんど無い」と書いた。人の好みはそれぞれだが、私にとって「カネを払うほど面白い」ゲームが、MobageGREEには少ないのだ。なぜならケータイ向けのソシャゲでは、上記の10ポイントがないがしろにされがちだからだ。
たとえば目標のあいまいなゲームが少なくない。プレイヤーの目的は強いパーティーやデッキを組むことなのか、ランキングに食い込むことなのか、それとも対人戦でのキルレシオを稼ぐことなのか……。目標設定がどこにあるのか運営側が理解していない場合さえある。プレイヤーが目標を選べるのと、目標設定が丸投げされているのとでは、似ているようでぜんぜん違う。目標があやふやなゲームは、面白くないゲームだ。
またルールが運営側の都合でころころ変わる作品は、面白くない。「なぜ勝てたのか/負けたのか」が判らないゲームはクソゲーだ。古参プレイヤーが絶対有利で逆転の余地がないゲームは、面白くない。唯一の驚きが「課金してレアカードを引いたとき」であるゲームは、面白くない。唯一の戦略が「課金すること」であるゲームは、面白くない。



しかし、それ以上に「フレイバー」や「ヒキ」が大切だと私は思う。
先述の『パンツァードラグーン』は、シューティングゲームとしてはそんなに奥が深いほうではない。しかし独特で魅力的な世界観があるから、小学生のころの私は1日中プレイしてもあきなかった。
たしかにCoD4は映画を超えるほどの作品だった。しかし『ポータル』シリーズほどの斬新さはないし、FPSの伝統にのっとった正統派の作品だ。映像美や演出、臨場感……フレイバーが最高だったからこそ、あれほどの傑作になった。 (※そしてフレイバーとプレイのどちらも斬新な『ポータル』はただの神ゲーだった)



いまのソシャゲの世界には、上記の10ポイントを満たす作品がほとんどない。逆にいえば、これらを満たす作品が生まれる可能性も残されているのだ。時間を忘れて1日中触っていたいような「最高に面白いゲーム」がソシャゲから生まれる日も、そう遠くないかもしれない。ソシャゲというジャンルは、まだ「できること」をやりつくしていない。
ソシャゲに『ポータル』のような斬新さを求めているわけではない。『パンツァードラグーン』や『CoD4』のような革新的な演出を求めているわけでもない。ソシャゲに「ゲーム性」は要らない。「ゲーム性」という言葉を使う人は、たいていの場合、ゲームの定義を解っていない。
ゲーム性が薄くても「たまごっち」は万人に受け入れられた。戦略性が薄くても(※薄いからこそ)若い男女は「じゃんけん」や「しりとり」で遊ぶ。デートの行先を決めたり、映画が始まるまでの待ち時間をつぶしたりする。



奥深い戦略のある作品だけが、すぐれたゲームではない。
斬新で革新的なプレイ経験を提供する作品だけが、すぐれたゲームではない。



ほんとうにすぐれたゲームとは、誰からも愛され、文化の一部に溶け込んでいるゲームだ。少なくとも私はそう考えているし、まだ批判の多い「ソシャゲ」というジャンルから、心ときめくような作品が産み出されることを期待している。
豊かで楽しい娯楽の可能性を、狭くするのはもったいない。






※関連項目


翻訳記事:シドのルール―スパ帝国
http://spa-game.com/?p=1774


パズドラをダシにソシャゲを語るよ島国大和のド畜生
http://dochikushow.blog3.fc2.com/blog-entry-2497.html








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