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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

時代に選ばれた物語の魔術師/遠藤浅蜊『魔法少女育成計画』感想

冗語 感想
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腰を抜かすほど面白かった。



睡眠時間を削ってまで「続きを読みたい!」と思ったのはひさしぶりだ。ラストの数ページでは「読み終わるのがもったいない」とまで感じた。濃密な読書体験を味わうことができた。かわいい表紙に騙されたらダメだよ?


魔法少女育成計画 (このライトノベルがすごい! 文庫)

魔法少女育成計画 (このライトノベルがすごい! 文庫)



このシリーズでは毎回、「十数人の魔法少女が“殺し合いゲーム”に巻き込まれる」のがストーリーの骨子になる。ジャンルは「サバイバルアクション」だそうだ。
キャラクターの一人ひとりに“魔法少女としての顔”だけでなく、“普通の女の子としての日常”が準備されていて、それが読者の感情移入を誘う。なにが“死亡フラグ”が判らない、むしろすべてが死亡フラグに見えてしまう。胃を締めつけられるような緊張感のなかで物語は展開していく。
シリーズ第一話は、ダシール・ハメットもかくや――って勢いの血みどろハードボイルド。
魔法少女たちの“日常の顔”が描かれていると書いたが、しかし「こんな人が死ぬのは可哀想でしょ? 悲劇でしょ? お前ら泣け!」みたいな感動の押し売りは一切ない。湿っぽい文章は最低限にとどめ、むしろ登場人物を突き放したような冷静な筆致だ。
登場人物の一人“カラミティ・メアリ”の人物背景など、作家によっては独立した章を使って書きそうな内容を、わずか数行にまとめている。まじクール、超かっこいい。たとえば主人公級のキャラクター“リップル”は、口数が少なくて冷静沈着、ちょっぴり人生に疲れている――って、思いっきりハードボイルド主人公の典型じゃん! フィリップ・マーロウの娘 (?)がこんなところにいたんだね! 能力バトルモノとしても一級品。


魔法少女育成計画 restart (前) (このライトノベルがすごい! 文庫)

魔法少女育成計画 restart (前) (このライトノベルがすごい! 文庫)


シリーズ第二話『restart』は、まさかのクローズドサークル・ミステリーだった。登場人物たちは、魔法で作られた“ゲームの世界”に放り込まれて、一人、また一人と命を落としていく。
第一話よりも荒唐無稽な設定のはずなのに、ゲームのルールが緻密に組み立てられているおかげで、第一話よりもリアリティを感じる。「もしもアガサ・クリスティ魔法少女モノを書いたら?」という設問があったとして、これ以上の回答はないだろう。
――え? 魔法を使うのは“ノックスの十戒”に反するって? ノー! 教科書なんて忘れよう! 「魔法」という“掟やぶり”なものが存在する世界で、いかにしてミステリーを成立させるのか:作家の腕の見せどころだ。
壮絶を極めたはずの第一話が、あくまでも“序章”でしかなかった――。物語世界の広大さに腰を抜かしそうになった。





       ◆





このシリーズは『魔法少女まどか☆マギカ』の二番煎じだと評されることが多い。「パクリだ」と思って手に取らない人もいるようだ。が、それって、すげー損してる。たしかに“魔法少女ブーム”に乗っかった作品なのは間違いない。しかし、たとえ2匹目のドジョウだとしても、ここまでやれば特上のうなぎに勝る。
そもそも小説家は、書きたいものを書いているわけではない。
売れるものを書いているのだ。
評論や感想では、ついつい“作家性”に目を向けがちだ。しかし商品としての小説が企画される場合、優先されるのは予算と売上げ見込みだ。著者の個性など二の次だ。小説家に限らず、「こういうモノを書いてください」というクライアントからの依頼にきちんと答えることが、物書きにとって必須の資質だろう。そういう“縛り”のなかで才能を開花させていくのが、若手クリエイターの宿命なのだ。
いまの時代、発表だけなら誰でもできる。“作家性”を発揮したいなら、ブログやWEBサイトで充分だ。ほんとうに能力があり、ほんとうに“良いもの”を作っているのなら、必ずみんなの目に止まる。耳目を集める。川原礫先生、橙乃ままれ先生、佐島勤先生――。ネット出身の作家たちを見れば明らかだ。
もしも自分の“作家性”に自信があるなら、ためらわずWEBに公開すればいい。むしろWEBのほうが、商業出版ではカバーできない需要を掘り起こせるかもしれない。もしも公開中の作品が誰からも見向きされないのであれば、天文学的なレベルで運が悪いか、たんに能力不足なのだ。
話を戻そう。
まどか☆マギカ』のヒットがなければ、「魔法少女が殺し合う」なんて企画が通るわけがない。本家本元の『まどか☆マギカ』も、新房昭之監督&シャフトの力がなければ絶対に作られなかった。どんなにすばらしい能力を持ったクリエイターでも、売れる見込みが立たなければ商業作品は作れない。時代の流行りすたりに乗れるかどうか――。この部分は、もはや“運”としか言いようがない。
遠藤浅蜊先生の胸に、以前から「育成計画」のアイディアがあったのかどうかは分からない。もしも昔から温めていたネタだとしたら、『まどか☆マギカ』のヒットのおかげで日の目を浴びたことになる。“運”をつかんだのだ。あるいは『まどか☆マギカ』のヒットを見た編集部から「魔法少女モノで1つやりませんか?」という依頼を受けて、それから物語を考えたのかもしれない。だとすれば、短期間でこれほど面白い作品を仕上げた手腕には舌を巻く。この人は、ホンモノだ。




時代に選ばれた、物語の魔術師。
遠藤浅蜊先生のこれからの活躍に注目したい。






そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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名探偵の掟 (講談社文庫)

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※というわけで、すっかり浅蜊信者になりました。
※「スゴ本」さんで紹介されなければ、たぶん読んでませんでした(おいこら) こんな面白いものを教えてくださったDainさんに感謝です!
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2012/11/2012-7ed3.html