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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

ソシャゲをとりあえず8時間遊んでみた感想

冗語
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ちょっとでも「?」と思ったことは、とりあえず試してみるのが手っ取り早い。ソーシャル・ゲームが儲かっているらしいと以前から聞いていた。何十万円、何百万円も課金するユーザーがいることも知っていた。サーバー上のたかがデータに、どうしてカネを払うのだろう? ――そんな疑問を持つ人も少なくないようだ。
そこで、8時間ほど遊んでみて私の感じたことを書き残しておきたい。
今回は、ソーシャルゲームをまったく遊んだことがない人向けの記事だ。




※参考
ソーシャルゲームだけが儲かる6つの理由。‐Blogで本を紹介しちゃいます
http://blog.livedoor.jp/tkfire85/archives/55542478.html



       ◆




先にお断りしておくと、ゲームのタイトルは明かさない。どこで誰が仕事をしているか判らない業界だ。できるだけ角は立てたくない。
私の遊んだゲームのおおまかなシステムは次の通り:



・ゲームの目的は“戦闘”に勝利しつづけ、ランキング上位に食い込むこと
・“戦闘”の勝敗は、キャラクターのパラメーターだけで決まる。
(※アクション性はなく、FFやドラクエのような選択肢もない)
・パラメーターを上げるためには“経験値稼ぎ”が必要になる。
(※ボタンを押して放置すると、一定時間後に経験値が入るしくみ。「スライムを倒す」みたいなゲーム性はない)
・“戦闘”や“経験値稼ぎ”を効率的に行うには、アイテムを購入しなければならない
(※どんなアイテムを入手できるかはランダムで決まり、好きなアイテムが買えるわけではない)
・アイテムの購入資金は、“戦闘”に勝利すると得られる



これがソーシャルゲームとして一般的なシステムなのかどうかは判らない。けれど、「ソシャゲはボタンを連打するだけ……」という言葉の理由が分かった。「戦闘→アイテム購入→経験値稼ぎ→戦闘……」というループをひたすら繰り返すだけで、なにかを選択したり、戦略を考えたり、操作に熟練したりする必要はない。アイテムの購入資金さえあれば、ひたすらキャラクターを強くできる。
これのどこが面白いのだろう。
上述のリンク先の記事でも、次のように解説されている:

僕も含めてソーシャルゲームの初心者がまず真っ先に思うのが「なんて、つまらないゲームなんだろう」という事でしょう。(中略)しかし、いつの間にかゲームにのめり込んでいる自分がいる。


簡にして要を得た解説だ。決して“美人”とはいえない剛力彩芽が可愛くてしかたないように、決して“面白い”とはいえないソーシャル・ゲームに人々は熱中している。たくさんの時間を費やし、課金している。
これはなぜか?
コンシューマーゲームに慣れ親しんだ私たちは、「カネを払って“面白いコンテンツ”を買う」という発想に染まっている。だからソシャゲの儲かる理由がわからない。




おそらくソシャゲのプレイヤーたちは、 “面白さ”を得るためにカネを払っているのではない。ストレスを回避するためにカネを払っているのだ。
どういうことかというと:
ゲームを開始すると、プレイヤーは莫大な“資金”をプレゼントされる。まずはこれを使ってアイテム購入をしたり、経験値稼ぎの時間を短縮したり、ゲームの遊び方を学んでいく。ボタンを連打するうちに、レアなアイテムや敵と遭遇し、きらびやかな画面上の演出を目撃することになる。楽しい。だからボタンを連打する。
傑作TPS『ギアーズ・オブ・ウォー』をデザインしたクリフ・ブレジンスキーは「ゲームの面白さとは小さな喜びの積み重ねだ」と言っていた (※ような気がする。ソース失念)。たとえばテトリスの場合、ただブロックが落ちてくるというだけでも楽しい。積み木で遊んでいたころの幼児性を、私たちは大人になっても持っているのだ。さらにブロックが回る、楽しい。ブロックが積み重なる、楽しい! 一列に並んだら消える、超楽しい! ――というように小さな喜びが累積されることで、プレイヤーはゲームに夢中になっていく。
ソーシャル・ゲームでも同様だ。戦闘に勝利したときやアイテムを引いたときの演出は、たしかに次世代機の美麗なグラフィックには見劣りするだろう。けれど、間違いなく楽しいのだ。テトリスのブロックを回しているときのような微々たるものかも知れないが、プレイヤーにとって喜びであることは間違いない。ましてレアなアイテムを引いたときの興奮は、「もっと遊びたい」と感じさせるには充分だ。
こうやって“楽しさ”が分かってきたころに、ゲーム開始時にプレゼントされた“資金”が尽きる。“経験値稼ぎ”の時間を短縮するアイテムも使い切っているだろう。こつこつと“戦闘”を繰り返して資金を稼がなければ、「ボタンを連打する楽しさ」が味わえなくなる。キャラクターを強化するにも時間がかかるため、ランキングの上位にも食い込めなくなる。プレイヤーはストレスを感じるのだ。
ここで、課金だ。
戦闘で勝利しなければ得られない“資金”や、運が良くなければ入手できないレアなアイテムが、カネを払えば手に入る。こつこつと作業を繰り返すストレスから解放される。「ボタンを連打する楽しさ」を覚えてしまったプレイヤーには、課金がとても魅力的なものに思えてくる。
つまりソーシャル・ゲームのプレイヤーは「コンテンツを購入する」ためにカネを払っているのではなく、「ストレスを回避する」ために課金しているのではないか:これがソシャゲデビューしたばかりの私の感じたことだ。



これはハマるよなぁ、と思った。
世の中には2種類の人間がいる。自制心が強くて欲求をコントロールできる人と、そうでない人だ。私は間違いなく後者で、やりたいと思ったことはとことん追求してしまう。他人から「やめろ」と言われたぐらいではやめられないタイプの人間だ。だからこそ何をやりたいと感じるべきか、いつも注意深く選んでいる。
たとえば、いま以上に自制心がゆるゆるだった中高生のころの私にソシャゲを渡したら、きっと大変なことになっていた。寝食も忘れて遊び続け、お小遣いやバイト代を全額つぎこんでいたはずだ。ソーシャル・ゲームにはそれだけの魅力がある。楽しさや喜びがシンプルなだけに、“満足”できるほどの快感をなかなか得られないからだ。
また、ソーシャルゲームの開発サイドに立っている友人は「ソシャゲは少年ジャンプだ」と言っていた。少年ジャンプのユーザーにとって、毎週のジャンプを欠かさず買うことが習慣になっている。それと同様、ソシャゲのユーザーは毎月一定の額をソシャゲにつぎ込むことが習慣になっている。ただしソシャゲの場合は、単行本が欲しければ(課金して)先回りして手に入れられる。それが週刊少年誌との違いだ、と。



どこまでも楽しく、けれど満足させず、飽きさせない。
ソーシャル・ゲームは用法・容量を守って楽しく遊びましょう。











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