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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

選挙について思うこと

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60代以降の方にうかがいたい。
たとえば、もしも有権者の大多数がテレビも新聞も読んでいないとしたら、どう思うだろうか:世の中の仔細を知らないまま、周囲に流されて投票している――。そんなふうに見えるはずだ。
たとえば、テレビが普及する前夜のことを考えてみよう。あるいは新聞が普及したばかりのころを考えてみよう。誕生したばかりのテレビは金持ちしか買えなかったし、かつて“文字”を読めることはエリートの証しだった。 (※新聞の歴史はローマ帝国の時代までさかのぼる) いずれにせよ、世の中の“情報”は、社会的階層の高い人々に独占されていた。
新聞やテレビが普及していくのを眺めながら、当時の支配階層は何を思っただろう。自分たちの支配が揺らぐことに恐怖しただろうか。あるいは、なかには理解ある人もいて、こんなことを言ったに違いない:「庶民が政治に興味を持つのはよいことだ」




まったく同じセリフを、21世紀の今日、見かけた。


首相の頭上に「8888888」 140万人がみた「ネット党首討論会」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1211/30/news033.html


ニコニコ生放送党首討論が配信されたというニュース。内容よりも周囲の反応がおもしろかった。
「若者が政治に興味を持つのはよいことだ」
――というコメントが寄せられていたのだ。





このコメントから分かることは2つある。
まず第一に、「インターネットは若者のもの」という認識があるということだ。テレビや新聞が高所得のエリート層から普及していったのに対して、インターネットは若者――つまり現代社会における下層の人々から普及している(ような印象がある)。これは本当だろうか?


年齢別インターネット利用率
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6210.html


この資料を見ると、20代〜40代ではインターネットの利用率に大きな違いはないらしい。50代になると少し落ち込むものの、それでも8割以上の人がインターネットを使っているようだ。ところが60代以上になると、急激に利用率が下がる。


シニア層の伸び継続・年齢階層別インターネット利用率をグラフ化してみる
http://www.garbagenews.net/archives/1946059.html


もちろん、老人のインターネット利用は年を追うごとに増えている。
とはいえ59歳以下の“現役世代”ほど普及していないのは確かだ。
つまり「インターネットは若者のものだ」というよりも、「インターネットは老人のものではない」と言ったほうがいいだろう。






そして第二に、選挙について。
若者の“政治離れ”が問題視されるようになって久しい。選挙にいく人の平均年齢は、いまだに高いままだ。


「選挙で若者が大損する」—投票者の平均年齢は57歳‐イケダハヤトblog
http://www.ikedahayato.com/index.php/archives/18271


57歳である。
この平均年齢を見ると、「若者が政治に興味を持たない」というよりも「老人だけが政治に興味を持っている」と言ったほうがよさそうだ。その人の実年齢がいくつであろうとも、政治について興味を持つのは老人的な趣味である。なぜなら、個人主義と自由の行き届いた現代社会において、“現役世代”は目の前の仕事をこなすのに忙殺される。いいか悪いかは別として、政治家の言動に一喜一憂するヒマはない。



政治は老人的な趣味である。
そしてインターネットは、老人のものではない。
だからこそ党首討論のネット配信には、「若者が政治に興味を持つのはよいこと」というコメントが寄せられてしまう。インターネット利用者は20代〜50代まで幅広く分布しており、60代でも七割を超える人が使っているにもかかわらず、である。






ここで私が憂慮するのは「投票に行く人たち」の質だ。
冒頭の問いかけに戻ろう:もしも有権者の大多数がテレビも新聞も読んでいないとしたら、どうだろう。世の中の仔細を知らないまま、周囲に流されて投票している――。そう感じずにはいられないはずだ。そして現在、インターネットは重要な情報源だ。ネット利用者の幅広さを見れば、それがもはやオタクのための通信手段ではなく、人々の生活基盤であることは明らかだ。インターネットは、新聞やテレビと同じようなメディアへと成熟した。
しかし、選挙に行く人の多くは、インターネットを使わない老人たちだ。世の中の仔細を知らないまま、周囲に流されて投票している――。私がそう感じてしまうのも無理ないことだろう。


現代日本の「テレビ政治」 ‐dongfang99の日記
http://d.hatena.ne.jp/dongfang99/20120304


もちろん、インターネットには不確実な情報がたくさんあることは知っている。悪意あるデマで満ちている。
しかし、不確実な情報が含まれているのはテレビや新聞も同じだ。本来なら私たち一人ひとりが取り組むべき「正しい情報を見分ける」という作業を、報道側が肩代わりしてくれているだけである。“ウソを見抜く”という責任をマスメディアに丸投げしていながら、いざ誤報があれば袋だたきにする。とても健康的な態度とは思えない。
私たちはより深く、より強く、「疑う」ということを学ぶべきだ。










※参考



ネット党首討論会(2012年11月29日)全文書き起こし(1)
http://news.nicovideo.jp/watch/nw445357


大統領選挙 SNSで進化するネット選挙
http://www.nhk.or.jp/worldwave/marugoto/2012/09/0903.html

インターネット普及率の推移
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6300.html

かなり多くの場合、われわれは、政治を介して、復讐や憂さ晴らしみたいなことを企んでいる。もっとはっきり言えば、政治というのは、人々の怨念や嫉妬を実体化させるための、ある意味で非常に俗っぽい装置なのだ。
にもかかわらず、市民社会の建前では、政治的にふるまうことは、市民としての良識にかなった、崇高な態度であるというふうに説明されている。この実態と理念の乖離が、政治をめぐる言葉を空疎に響かせ、聞いている人間をうんざりさせる

最大与党を代表して一言小田嶋隆
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20121129/240317/



どうしてもこれだけは実現したいという政策があるわけではなく、どうしても議席が欲しいから選挙に出ている人たちにとって喫緊の問題は「どういう政策を掲げれば票が集まるか」だ

「フェードアウト」について内田樹の研究室
http://blog.tatsuru.com/2012/11/30_1029.php












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