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なぜ日本は「すごい」のか/ナショナリズムの起源と民族意識の誕生

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 日本人であること以外に誇れるモノを持たない人は、極端なナショナリズムに染まりやすい。しかし、村田諒太が日本人だからといって、同じ日本人のあなたが金メダルを取ったわけではない。内村航平が日本人だからといって、あなたが体操の達人というわけではない。スポーツを観戦するときは選手個人の技能や努力を応援すべきであって、民族意識を慰めるための道具にしてはならない。自尊心の低い人ほど「日本人であること」に固執する。なぜなら「日本人はすばらしい」という価値観に染まっていれば、なんの努力もせずに「自分はすばらしい」と思えるからだ。
 ただし、事実として日本はすごい
 およそ300年の鎖国により文化的に遅れていたはずなのに、明治維新以降とてつもない速さで近代化を果たし、30年経たずに中国(清)を、40年経たずにロシアを戦争で倒している。大政奉還から70年少々で、世界最強の戦艦と戦闘機を開発し、アメリカに対してガチバトルを仕掛ける先進国へと成長した。また第二次世界大戦で国が焦土と化したにもかかわらず、終戦から約10年後には戦前と同水準の経済力を取り戻し、約20年でGNPはアメリカに次ぐ世界第2位となり、およそ40年後には「日本企業が世界を食らいつくす」とまで言われるようになった。戦後の他のアジア諸国とは対照的だ。
 このような日本のすごさを論拠として、民族主義者は「日本民族はすぐれている!」と胸を張る。つまらない自尊心を慰めようとする。だが、それに対して日本の左派は、充分な反論をしていない。「民族間の差なんてあるわけねーだろwww」と嘲笑するだけで、なぜ日本が飛び抜けた経済成長・文化的成熟を果たすことができたのか、真剣に論考していない。少なくともインターネット上の素人論議ではほとんど見かけない。
 なぜ日本は日本なのか。
 そして、なぜ韓国や台湾は日本から20年遅れになり、中国は30年遅れになったのか。
 さらに、これら極東諸国に対して、フィリピンやベトナムカンボジア、タイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジア諸国が大きく後れをとってしまったのはどうしてなのか。
 こうした疑問に答えなければ、ネトウヨの稚拙な民族意識を笑い飛ばすことも批判することもできない。「排外主義はよくない!」というイデオロギーに染まって、違うイデオロギーの相手を叩いているだけだ。「なぜ日本はすごいのか」という疑問を、地理的要因や歴史的経緯から説明できない限り、民族的・血縁的な優位性を否定できない。
 ジャレド・ダイヤモンドは『銃・病原菌・鉄』で、「なぜ西欧は世界の覇権を握ることができたのか」を説明しようとした。地理的要因や歴史的経緯から西欧の優位を説明することで、「白人はすぐれている」という民族意識に対して強烈な反論を投げかけている。同じことを、アジアの歴史でも考えるべきだろう。日本の発展を地理的・歴史的な理由で説明することができれば、民族意識に染まった人々は冷静さを取り戻すはずだ。
 日本がすごいのは、おそらく日本民族がすごいからではないだろう。日本人は単一民族とは呼びがたいほど遺伝的・文化的な多様性を持っているからだ。また他のアジア諸国と比べて地理的・歴史的に極めて恵まれており、そういった偶然の要素によって、現代の「すごい日本」が生みだされたのだと思われる。
 私はこのテーマに興味を持ってから日が浅いので、継続して勉強中だ。このブログを読んでくださった方からも情報を教えていただきながら、考えを深めていきたいと思う。日本は失われた20年をすごしてきた。「日本人は日本人というだけで優れている」という考え方は社会の閉塞感が増すほど強くなるようだ。が、この発想はトートロジーにすぎず、なにも生み出さない。落日の経済大国が在りし日を取り戻すには、冷静な視点が必須だろう。








 そもそもナショナリズムは、人類史上かなり新しい概念だ。
 人々が自国に対して帰属意識を覚える――いわゆるナショナリズムは、18世紀のフランスで誕生したという。市民革命を果たした人々は「自分たちの国家は自分たちの手で成立している」という意識を強く内面化したはずだ。「自分はフランスに帰属している」という意識だ。そしてフランス人の強烈なナショナリズムに後押しされて、ナポレオンは当時のヨーロッパを荒らしまわった。彼に対抗する形で、ヨーロッパ各地でナショナリズムが勃興したものと思われる。
 それ以前には、この地球上にナショナリズムと呼べるような価値観はなかった。人々の行動圏は狭く、職業的にも社会階層的にも分断されていた。「おらが村」への帰属意識や、「私のギルド」への帰属意識のほうが先んじており、「わが国」への帰属意識など持ちようがなかった。ローマの侵攻に対抗したガリア人や、元寇を退けた日本人など、近代以前にもナショナリズムを思わせる事件は起きている。が、それらは極めて異例なものと考えるべきで、少なくとも一般人には「日本民族」という発想は近代になるまで浸透していなかった。
 そもそも日本人の遺伝的多様性は極めて高いと言われている。先史時代に様々な地域の様々な人が渡来し、混血を繰り返してきた。また文化的にも多様で、地域ごとの生活習慣の違いは現在でも色濃く残っている。さらに江戸時代には人々の移住が厳しく制限され、藩札や江戸の小判、大阪の丁銀を見れば分かるとおり通貨も統一されていなかった。もしも仮に17世紀の土佐と津軽の農民を引き合わせたとして、彼らが会話をするのは困難だろう。言葉が違いすぎるからだ。現在でも出身地のことを指して「おクニはどちらですか?」と訊く。近代以前の日本列島は、たくさんの国が集まった連邦国家のようなものだったと考えられる。
 これを統一したのが明治政府だ。
 想像だが、当時の日本の指導者層には危機感があったはずだ。16世紀に東南アジアへと到達した西欧諸国は、17世紀〜18世紀にかけて次々に植民地を作った。フィリピンはスペインに、マレーシアはイギリスに、インドネシアはオランダにそれぞれ占領された。そして明治維新の約25年前にはアヘン戦争で清が敗北し、明治維新の約18年後には清仏戦争でフランスが勝利している。この戦争に先んじてベトナムカンボジアはフランスの占領を受けている。このようなアジア情勢のなかで、生まれたばかりの大日本帝国がどのように独立を保つのか:解答として富国強兵政策が選ばれ、ナショナリズムの醸成がその一端に組み込まれた。
 西南戦争で士族が滅び、官僚制が整い、プロレタリアートと大地主の登場によって資本主義国としての下地が作られた。日清・日露戦争を通じて日本人のナショナリズムは過熱していき、明治維新から約70年には太平洋戦争を引き起こす。



       ◆



 戦後、日本人のナショナリズムは解体されるどころか、むしろ強化されていった。現在の私たちで、自分が日本人であることに疑いを抱く人は少ない。日本の戦後文化が、ナショナリズムを維持・強化するものだったからだ。
 1954年2月19日、蔵前国技館は異様な熱気に包まれていた。サンフランシスコから著名なプロレスラー・シャープ兄弟が来日したのだ。
 当時の日本は経済的にも国際観光地としても注目されておらず、たとえばベルギー外務大臣代理が来日するだけでもマスコミは大騒ぎをしていた。そんな時代に、世界的なスポーツ選手がやってきたのだ。日本中が見守る中、歴史的なタッグマッチが行われる。シャープ兄弟を迎え撃つのは、柔道の達人・木村政彦と、元相撲力士・力道山……。
 リングに上がった選手たちを見て、アナウンサーは叫んだ。
「アメリカ人は巨大であります! あの体格では、負けるはずがありません!」
 木村の身長は約170cm、力道山は180cmほどで、当時の日本人としては破格の体格をしていた。が、一方のシャープ兄弟はどちらも2メートル近い。この体格差は日本人に敗戦のコンプレックスをまざまざと思い起こさせた。
 ところが試合が始まると、信じられないことが起きた。
 力道山マイク・シャープに強烈な空手チョップの猛攻をお見舞いした。すると、あのアメリカ人がじりじりと後退を始めたではないか! 観客はワッと沸き立った。マイクはたまらず相棒にタッチ。代わりにリングに飛び込んだベン・シャープを、力道山は勇猛果敢に攻め立てる。ベンはコーナーからコーナーへと追い詰められ、目を白黒させてへたれこんだ。すかさず力道山は押さえ込み――ワン、ツー、スリー!
 観客は総立ちで座布団を投げ込んだ。
 新橋駅の西口広場には2万人近い観衆が集まり、設置された27インチの街頭テレビに向かって歓声を上げた。日本全体が熱狂につつまれ、プロレスブームに火が付き、テレビはあっという間に普及していった。
 力道山の活躍は、敗戦で傷ついた日本人の心を慰撫し、勇気づけた。彼が在日朝鮮人であることは、ひた隠しに隠された。



 また現在の日本人のナショナリズムに、日教組の果たした役割は大きい。教育の機会均等を信条として、全国一律の学校教育を目指した。その結果、均質な日本人としての意識が育まれた。とくに顕著なのは国語教育だろう。日本列島には多種多様な方言があったにもかかわらず、中央政府の決めた言語を「正しい言葉」として教え込んだ。テレビの普及が日本語の均質化に拍車をかけた。しばしば反日的と批判される日教組の教育が、むしろ日本人のナショナリズムを強化していたのだ。笑える皮肉だ。



 ナショナリズムの歴史は浅い。あなたの「日本人としての意識」は伝統的に受け継がれたものではなく、学校教育のなかで教え込まれたものにすぎない。インターネット上の言説なども含め、戦後文化が私たちの「日本人としての帰属意識」を形作った。



 続く、かも。




東京アンダーワールド (角川文庫)

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戦後教育のなかの“国民”―乱反射するナショナリズム

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