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夏休みにおすすめ!知識ゼロから『利己的な遺伝子』を読むための読書ラリー

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読書はダイビングに似ている。活字の海に飛び込んで、深く、深く、潜っていく。水底を流れるモノに触れて、ゆっくりと浮上する。そしてページから顔を上げたとき、目にする世界がまったく別の姿になっている。いい読書とは、そういうものだ。モノの見方や考え方を変え、あなたを一回り大きな人間にしてくれる。

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

リチャード・ドーキンス利己的な遺伝子』は、そんな一冊だ。
堅物な先生方からは批判が多く(彼らは比喩や修辞法が大嫌いだ!)、それ以上に誤読による批判が絶えない。初版が1976年、古い本でもある。しかし、いま読んでも色あせないどころか、今後100年を生きる人は誰もが目を通しておくべき一冊だ。
利己的な遺伝子』の難しさには二つの理由がある。一つは比喩や修辞が多すぎて、ある程度の専門知識がないとマジなのかネタなのか判断できない部分があること。そしてもう一つは、誤読したまま書評している人が多すぎて参考にならないことだ。
ドーキンス自身が「この本はサイエンス・フィクションとして読んでほしい」と書いているように、『利己的な遺伝子』は堅苦しい科学書ではない。もちろん思想書でも哲学書でもない。科学者の思考方法を切り取った啓蒙書だ。ダーウィニズムを学ぶためのおもしろ入門書として、肩の力を抜いて楽しみたい。
とはいえ、「ある程度の知識」が無いと楽しめない。楽しく読むためには準備が必要だ。
そこで、『利己的な遺伝子』にたどり着くまでにどんな本を読めばいいか、考えてみた。





1.『シートン動物記』

シートン動物記 (1) おおかみ王ロボ ほか (講談社青い鳥文庫)

シートン動物記 (1) おおかみ王ロボ ほか (講談社青い鳥文庫)

「児童文学じゃん!」とツッコミたくなったみなさま:そうです、それが今回の記事の趣旨です。子供と同じように予備知識ゼロの状態から、動物行動学の分野に興味を持ち、ドーキンス利己的な遺伝子』にたどり着くための書籍リストなのです。
シートン動物記』は言わずと知れた動物行動学の入門書だ。動物を擬人化しすぎだという批判もあるけれど、面白ければいいのだ。とにかく最初はこの分野に「興味を持つ」ことが肝要だろう。
とくに『狼王ロボ』は涙なしには読めない。
著者シートンは、ニューメキシコ州の牧場から「狼の駆除を手伝ってほしい」と依頼される。現地では家畜が狼の群れに次々に襲われていた。その群れを率いるのは“ロボ”という呼び名の古狼で、どんな巧妙な罠にもかからず、人間の浅知恵のことごとく裏をかく。シートンは“ロボ”の知性に驚嘆し、尊敬にも似た想いを抱くようになるのだが……。
誰がなんと言おうと、私は『狼王ロボ』はロミオとジュリエットだと思っている。あるいは『ジョーズ』のような動物系パニック映画の原型が見受けられる、ような気がする。





2.『ソロモンの指輪』

ソロモンの指環―動物行動学入門

ソロモンの指環―動物行動学入門

こちらの一冊は近代動物行動学の本格的な入門書 おもしろ博士の爆笑エッセイだ。著者コンラート・ローレンツは、いわばオーストリアのムツゴロウさん。たくさんの動物を自宅で放し飼いにして一緒に生活していた。
飼っているアヒルが花壇の植物をたべちゃった!? ローレンツ博士は気にしない。飼っているイヌがお客様のおしりに噛みついちゃった!? ローレンツ博士は犬の性格の違いについて考察を深めていく。ユーモアたっぷりの文章には、動物たちへの慈愛に満ちた視線を感じる。ほっこりした気持ちになること請け合いだ。
たとえば、ちょっとした手違いから子ガモの親代わりになって世話をすることになり、アヒル歩きをして庭を散歩していたら近所から白い目で見られた……みたいな失笑エピソードのオンパレードだ。吹き出さずに最後まで読めたらあなたの勝ちだ。私はわずか3ページで負けた。





3.『種の起源

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)

「人間とは何か?」
古代より私たちはずっと同じ疑問を繰り返してきた。「人間とはどうあるべきか」という議論とごちゃまぜになって、答えを出せなくなっていた。
ヒトの体には魂や霊といったものは存在しない、少なくともそういう神秘的なエネルギーを想定しなくても、化学的・物理的な現象だけで「生きている」という状態を説明できる。生物とは化学反応の塊であり、物理現象にすぎないのだ。もちろん、ヒトも。
そういう“物理現象としての人間”について思考の転換をもたらしたのが生物学であり、ダーウィニズムだった。進化論の重要な視点・論点は『種の起源』ですべて網羅されている。無礼を承知で極端なことを言えば、後世の進化論研究者はダーウィンのアイディアを煮詰め、精密化してきたにすぎない。ダーウィニズムを知りたいのなら、『種の起源』を読むのが一番だ。
しかし『種の起源』は難しい。はっきり言って激ムズだ。『ソロモンの指輪』が動物の行動について書いていたのに対して、『種の起源』では動物の外見や世代交代についての話が主になる。動きがなくて退屈なのだ。さらに初版が1859年と、べらぼうに古い。遺伝の仕組みやDNAが解っていない時代に書かれたため、現在なら1行で説明できることに数ページ割かれる……なんてことも少なくない。この冗長さが『種の起源』の挫折率を高めている。

新版・図説 種の起源

新版・図説 種の起源

世の中には親切な人がいて、こんなすばらしい解説書が作成されている。『種の起源』では生物の“外見”に関する話題が多いので、写真や図表を多用したほうがわかりやすいだ。一冊5,000円超とやや割高だが、読んでおいて損のない一冊。単価の高い本だから私もアフィリエイトで儲かr お近くの図書館で探してみてはいかがだろうか。





4.欠番
四冊目には分子生物学についての解りやすい入門書が欲しい。が、ちょっと候補を思いつかなかった。私たちの目標である『利己的な遺伝子』は、タイトルの通り遺伝子について書かれた本だ。遺伝子、DNA、セントラル・ドグマ……このあたりのキーワードを聞いてピンとくる程度の分子生物学的な知識が必須なのだが、いままで紹介してきた本には登場しない。


最新分子生物学即席入門
http://www.bioinfo.sfc.keio.ac.jp/class/bioinfo-a/WEB_RS/Texts/biotext2-5_3.pdf


ちょっと探してみたところ、慶応大学がこんな素晴らしい冊子を公開していた。分子生物学の歴史について一読すれば理解できるようになっている。しかし研究史ばかりで、肝心の分子生物学的な考え方がイマイチつかめない。研究者が陥りがちな「素人はなにが分からないのか分からない」というパターンになっているのでは。
四番目に読む本については、みなさんにお任せしたい。ただし、本を選ぶときの基準は、「遺伝子」と「DNA」の違いを説明できるようになれること。日常的には同じ意味で使われているこの言葉だけど、じつは別次元の概念です。本を探すのが面倒くさかったら高校生物の先生に訊いてください。「先生、遺伝子とDNAってどう違うんですか!?」って。きっと嬉々として教えてくれるはず。





5.『利己的な遺伝子

利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>

ダーウィンの進化論に分子生物学の知識をちょっと加えれば、『利己的な遺伝子』を軽々と読みこなせるはずだ。
初見では何を言っているのか意味プーだったこの本が、たった4冊(うち一冊は欠番だけど)を読んだだけでスラスラと読破できるだろう。『利己的な遺伝子』は知識ゼロの人には難解な一冊だが、じつは少しでも専門知識のある人からすれば易しい一冊なのだ。それもそのはず、この本はガチな科学書ではないし、思想書でも哲学書でもない。生物学者の「常識」となっている考え方を、一般向けに書いた啓蒙書だ。
よくある誤解は三つ。
一つは「人を利己的にふるまわせる遺伝子について書かれた本」だというもの。中身を一行も読んでいない人の偏見だ。タイトルだけで読んだ気になってはいけない。
二つ目は、ドーキンスが「生物は遺伝子の乗り物」という表現を使っていることから、「人の意思は遺伝子に決定され、支配されている」というもの。んなこたぁドーキンス先生は一言も書いてねーです。むしろ「俺っちの“乗り物”という言葉はあくまでも比喩だから誤解しないでね?」と念を押している。遺伝子そのものに意思などない。意思のないものが、どうやって人の意思を操るのか。
三つ目は、「遺伝子だけが価値あるもので、生物個体は無価値だ」と主張する本だというもの。科学をその他の文系思想・哲学と同列に扱ってしまう人が陥りがちな誤解だ。価値の有無を決めるのはヒトの主観であって、自然界ではない。そしてこの本は、自然科学について書かれた本だ。価値の有無など、そもそもアウト・オブ・眼中なのだ。
利己的な遺伝子』は挑発的なタイトルとは裏腹に、いかにして私たちが利的な行動を取るのか論じた本だ。古典的な経済学や市場原理主義に浸った人からは「非合理的」と呼ばれる行動が、どれほど合理的なものかを明らかにしてくれる。そしてドーキンスが生んだ「ミーム」という発想からは「この社会の思想や信条は多様であるほどいい」という結論を導くことができる。利他的行為と多様性、まさに今後100年の世界のキーワードだ。『利己的な遺伝子』は、これからを生きる人が必ず目を通すべき一冊だ。




       ◆




一般人からは絶大な人気を誇るドーキンスだが、アカデミックな世界からはあまり評判がよろしくないようだ。比喩・修辞・擬人化がしばしば行き過ぎているし、『利己的な遺伝子』の内容のうち彼のオリジナルといえる考え方は「ミーム」ぐらいで、それ以外は生物学の業界ですでに常識になっていた考え方をまとめただけだ。
さらに最近は「宗教批判」に熱を入れており、これが研究者としての彼の評判を落としている。近著『神は妄想である』にはデュルケムもウェーバーも言及されておらず、宗教の社会学的な意味についての考察が甘い。なにより『神は妄想である』は「宗教」批判を謳いながら、実際にはキリスト教の批判しかしていない。
※一応、ドーキンスを擁護しておくと、たとえば米国には莫大な数の創造論者がいて「進化論は科学ではないから学校で教えるな」と言っている。そういう状況を深刻に危惧しているからこそ、ドーキンスは過激な主張で反発しているのだろう。英米の宗教をめぐる文脈を踏まえずに『神は妄想である』を書評するのは危険だ。「ベストセラーを批判している俺かっこいいwww」という自己満足になりかねない。
マット・リドレー『繁栄』は「アイディアの交雑が人類文明を進歩させる」という主張をしており、人間のアイディアや思考を遺伝子になぞらえる――まさに「ミーム」という考え方を踏襲している。にもかかわらず『繁栄』に「ミーム」という一言が登場しないのは、アカデミックな世界におけるドーキンスの危うさがあるからもしれない。
※ちなみに『繁栄』も「いったい誰と戦ってんだ?」と言いたくなるような危うさのある本。攻撃的な文章が多くて、まるではてなダイアリーを読んでいるかのような錯覚を覚えた。




著作の価値と、著者の評判は無関係だ。
アダム・スミスは母の死後、奇行が目立つようになったという。しかし『国富論』の価値が下がるわけではないし、「見えざる手」という発想はいまだ健在だ。エジソンは超いじわるな性格の人格破綻者だったという。しかし彼の白熱電球はいまも世界中で闇を照らしている。生み出されたモノの価値は変わらない。
私たちはたぶん、私たちの行動や思考についてまだあまり詳しくない。細胞の仕組みについて充分に解明されていない時代に、メンデルは“概念的なもの”として遺伝の法則を思いついた。それと同様、ミームはあくまでも概念的なものであって、具体的な記録媒体を問わない。私たちの行動や思考、文化について考えるときの強力な道具だ。それを発明した業績は、これからも消えない。




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女騎士、経理になる。 (1) (バーズコミックス)

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女騎士、経理になる。 (2) (バーズコミックス)

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女騎士、経理になる。  (1) 鋳造された自由

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失敗すれば即終了! 日本の若者がとるべき生存戦略

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