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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

初音ミクが踏み越えたものについて今さらながら

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Tell Your World EP(初回限定盤)(DVD付)

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初音ミクのいちばん興味深い点は、ファンの誰一人として「ミクもいつか過去のものになる」とは思っていないことだ。今日も世界中のプロデューサーたちが彼女のために歌を作り、彼女を着飾らせ、そして彼女にダンスをさせている。最近ではGoogle ChromeのCMが印象深かった。この短いPVを見るだけで、初音ミクが今の世界にどのような旋風を巻き起こしているのか理解できる。今朝のNHKの情報番組『深読み』にも登場し、ますます知名度を上げたミクさん。彼女はこれからどこに向かうのだろう。


NHK週刊ニュース深読みで「今なぜ?世界が注目!ニッポンの“歌姫”」が放送
http://vocaloid.blog120.fc2.com/blog-entry-10892.html


Google Chrome ft. Hatsune Miku





人類の歴史には、踏み越えたら戻れないラインというものがある。たとえば農耕や文字、貨幣の発明。あるいはグーテンベルグの印刷技術や、インターネットの発達。こうした人類史そのものを大きく変えてしまうものもだけではない。日常レベルにも「越えたら戻れないライン」は存在している。たとえば自動車や電子レンジが最たる例だろう。一度その便利さ・すばらしさに触れてしまったら、私たちはもう二度と馬車やかまどには戻れない。人類の歴史は「戻れないライン」の積み重ねである。
サブカルチャーの世界なら、『ポケットモンスター』の存在が思い当たる。「ソーシャル・ゲーム」と言うと意味が変わってしまうけれど、現在なら「ソーシャル」と呼ばれる要素をあのゲームはいち早く取り入れていた。パブリッシャーが消費者に面白さを提供するという従来の形ではなく、消費者が面白さを創り出していくという形を生みだした。8ビットの白黒ゲームボーイと通信ケーブルで——まだインターネットという言葉すら充分に普及していない時代に、ポケモンは「ソーシャル」の要素を先取りしたのだ。同時期に流行ったたまごっちやミニ四駆ハイパーヨーヨーなどが下火になるなか、ポケモンだけは今でも現役だ。たまごっちやミニ四駆が過去の遊びのバージョンアップ版だったのに対し、ポケモンだけは「戻れないライン」を踏み越えていたからだ。





そして初音ミクも、「戻れないライン」を踏み越えてしまった。
彼女がいかに突出した存在であるかは、以下の記事にわかりやすくまとめられている。


「日本ブランドの復権」と初音ミク
http://satoshi.blogs.com/life/2012/01/miku.html

日本に暮らしているとあまり意識しないかも知れないが、「初音ミク」ほど成功しているバーチャル・アイドルは世界のどこにも存在しない。「初音ミク」は世界で最初に成功したバーチャル・アイドルであり、世界のどこにも「初音ミク」と対抗できるライバルは存在しない。まさに、誕生したばかりのウォークマンMacintosh のような「孤高」の存在なのだ。


ウォークマンMacintoshに匹敵する「孤高」の存在——。
いまの初音ミクを言い表すのに、これ以上ぴったりの表現があるだろうか。彼女には今のところライバルがいない。生身の人間では、とても彼女には敵わない。
たとえば『ラブプラス』がデビューして世間を騒がせたとき、一部の女性たちが「寧々さんには敵わない」という言葉を漏らしていた。男性たちの望む「女の子の可愛い部分」を濃縮して、汚い部分や嫌な部分をすべて取り除いた人物——それが姉ヶ崎寧々であり、小早川凛子であり、高嶺愛花だ。「もしも意中の男性が彼女たちに夢中になってしまったら、私たち生身の人間では敵わない」と女性たちは嘆いた。なぜなら生身の人間は、汚い部分も嫌な部分も持っているからだ。
同じことが“アイドル”初音ミクにも言える。
初音ミクの人気はあまりにも裾野が広く、男性向けコンテンツの『ラブプラス』とは性質が違う。そこで「アイドル」という部分を強調した。
初音ミクに敵う生身のアイドルは存在しない。たしかにミクの歌声には機械っぽさが残っているし、ダンスや表情の滑らかさも(今はまだ)生身の人間のほうが上だ。が、彼女は歳をとらない。この一点において、初音ミクはいままでのあらゆるアイドルを凌駕している。
たとえば生身の人間ならば、AKB48が快進撃を続けている。秋葉原のローカルアイドルというポジションからスタートして、いまでは政治家の懇談会に同席するほどのし上がった。彼女たちほど成功したアイドルはここ4〜5年は存在しなかった。さすがは強力あきもと。AKB48の躍進からは目が離せない。
しかし彼女たちは生身の人間である以上、いつかは「卒業」する。かつてのキャンディーズおニャン子クラブのように、アイドルを続けられなくなる時がやってくる。ローカルな地盤を持つという特徴はあったものの、AKB48は過去のアイドルのバージョンアップ版なのだ。たとえるならたまごっちやミニ四駆のような存在であり、ポケモンのように「戻れないライン」を越えたわけではない。なぜなら、彼女たちは歳をとるから。
もしも初音ミクが普通のアイドルのように歳をとっていたら、いまの人気はなかったはずだ。彼女のデビューは2007年、じつに5年前だ。ふつうに年齢を重ねていたら、デビュー当時16歳だったミクさんも21歳。そろそろ将来を考えるころだ。しかし実際にはいまだに16歳のまま、今日も新しいファンを獲得している。
5年は決して短い期間ではない。
この5年間でたくさんの楽曲が生まれ、定型表現が生み出され——文化が定着した。いまの初音ミクがいるのは、5年という歳月があったからだ。たくさんのクリエイターの手に渡る時間があったからだ。ミクをここまで育てたのは秋元康のような一人のプロデューサーではなく、数え切れないほどのファンの人々と、時間だった。過去のアイドルには絶対に真似できない方法で、彼女はスターダムにのし上がった。初音ミクは「アイドル」の定義を変え、「戻れないライン」を踏み越えた。



初音ミクのファンは、誰一人として「いつかミクも過去のものになる」と思っていない。ミクは歳を取らず、しかも世界中から愛されようとしている。生身のアイドルたちを過去のモノにしながら、ミクだけは永遠に歌い続けるはず——。ファンはそう願っている。
しかし現実は諸行無常だ。現在どんなに初音ミクの人気が高くても、いつかは下火になる。クラウド・コンピューティングとかアンビエント・ネットワークだとかが一般化した遠い未来には、パソコンを所有すること自体が珍しくなるかもしれない。そんな時代に初音ミクに楽曲を歌わせるのは、いまでいう伝統芸能や伝統工芸品みたいなものになるはずだ。かつて一世を風靡した緑髪ツインテールの美少女は、博物館や大学で細々と愛される存在になるだろう。
しかしそんな時代にも、初音ミクではない他の誰か——あえて「他の何か」ではなく「誰か」という言葉を使うけれど——が、バーチャル・アイドルとして人気を確立しているはずだ。
初音ミクを通じて、人類は「架空のアイドル」というものを知った。ラインを踏み越えたのだ。
私たちはもう戻れない。





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