デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

愛される人物の共通点/物語のキャラクターたちが教えてくれること

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昨日に引き続き、ジョゼフ・キャンベルってすごいね、という話。世界中の神話を比較し、人類共通の精神的土壌を見つけようとした学者だ。
キャンベルいわく、人間は不完全な存在を愛する生き物だという。

(作家として真理に忠実であることは)一種の殺し屋になることを意味しています。なぜなら、ある人間を忠実に描く唯一の方法は、その人の欠点を並べ立てることだからです。完璧な人間なんて面白くありません。俗世間から離れてしまったブッダみたいなものです。生身の生活のいろいろな欠点こそ愛すべきものです。

子供たちが可愛いのは、しょっちゅう転ぶから、それに小さな体に似合わない大きな頭を持っているからではありませんか。(中略)とても不完全だからこそ可愛いんでしょう。

だから、一部の人たちはどうしても神を愛せない。神は完全無欠だからです。畏怖を感じることはあっても、それを本当の愛とは呼べないでしょう。十字架にかけられたキリストですよ、愛の対象になるのは。

※ジョゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ対談集『神話の力』



だからこそ野比のび太は日本で一番有名な男の子になったのだし、磯野カツオはいつも宿題を忘れ、モンキー・D・ルフィは泳げないのだ。人は完全無欠な存在を愛せない。不完全な存在として思い悩む登場人物たちに自らを投影し、愛着を持つ。



ところで、ニュー速で・やる夫というキャラクターがいる。もはや説明不要な気がするけれど、2ちゃんねるが生んだキャラクターのなかでも、とくに愛されている一人だ。相棒の「やらない夫」をツッコミ役に、物語形式で教養を解説する「やる夫で学ぶシリーズ」というスレが大流行した。




※これがやる夫です。



やる夫が登場したのは2006年ごろ、流行のピークは2008年〜2009年ごろだ。時代を反映して、『涼宮ハルヒ』シリーズ長門有希を解説役に、『ローゼンメイデン』『らき☆すた』のキャラクターをヒロイン役として登場させる場合が多かった。



やる夫で学ぶサブプライム問題
http://workingnews.blog117.fc2.com/blog-entry-646.html
※やる夫で学ぶシリーズを一躍有名にしたスレッド。


やる夫で学ぶヴィクトリア朝イギリスの生活
http://oyoguyaruo.blog72.fc2.com/blog-entry-749.html
※お話として非常によくできており、ラストでは感動せずにいられなかった。


興味深いのは、やる夫のキャラクター設定がじつによく練られているという点だ。
やらない夫との関係性や、可愛い女の子を目にした時の行動など、「やる夫ならこういう行動をしそう・こういうセリフをいいそう」という人物設定が、きちんと出来上がっている。どこかに設定資料集があるわけでもないのに、『やる夫で学ぶ』シリーズの作者たちは彼の性格を完全に理解しているのだ。
やる夫はどうしようもないクズだ。けれど、根はイイやつとして描かれる。だから相棒のやらない夫やヒロインたちとの冒険を通して、教養やライフハックを身につけ、人間として成長していく。彼は「欠点だらけ・でも根はイイやつ」という好かれるキャラの典型なのだ。
やる夫は、誰かがデザインしたキャラクターではない。2ちゃんねるが創った集合知の産物だ。みんなの無意識が求めた人物だ。その「やる夫」が欠点だらけなキャラクターであることに、私は驚嘆する。なんてことだ、キャンベル先生の言うとおりじゃないか――。
ヒトが誰かを愛するのは、その人の欠点がいとおしいからなのだ。


立川談志は「落語は人間の業の肯定だ」と言った。人間のダメな部分、どうしようもない部分を、笑いに変えることで赦(ゆる)そうとした。
落語の登場人物に、なぜ私たちが共感するのか。彼らの欲深さ、もくろみの甘さ、不道徳さが、自分の内面にもあるからだ。そば屋で「いま何時?」と聞いて会計をごまかせたらいいな、「まんじゅう怖い」と言ってまんじゅうを集めることができたらいいな、ネコの皿を使って賢い人を出し抜けたら楽しいな――。そういう欲求を私たちは持っている。そんな人間の業と向き合い、笑って赦そう:それが落語なのだと私は思う。


「落語とは人間の業の肯定である」琥珀色の戯言
http://d.hatena.ne.jp/fujipon/20111124


ヒトは不完全さを愛する生き物だ。自分を完璧だと思っている人が一時的にカリスマになることはある。だけど結局、最後には嫌われる。だから自分のダメな部分を認めたい。
たぶん、それが、人から好かれる秘訣だから。



やる夫 1お仕事・業界編

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神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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