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【読書】ゆるいエンタメの皮をかぶった“完璧な”推理小説/『噂』荻原浩

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噂 (新潮文庫)

噂 (新潮文庫)

10月には読み終わっていたけれど、今さら読書感想文。
というのも、読み直すのに時間がかかったからだ。推理小説の場合、謎解きシーンを読みながら、「あの時の描写ってどんなだったかな」とページをめくり返すことは珍しくない。が、この作品の場合は冒頭からもう一周読み直したくなる。肩のチカラを抜いて楽しめるエンタメ作品でありながら、想像以上に骨太。読み返すたびに、まったく違う光景が見えてくる。三周ぐらいは余裕で楽しめるね、マジでお買い得。



         ◆




舞台は2000年代初頭の渋谷、女子高校生の間で妙な噂が広まっていた。
「ニューヨークの殺人鬼レインマンが、いま日本に来ているんだって」
「レインコートを着た大男で、殺した女の子の足首から先を切り取って持ち去るらしいよ」
「なにそれ、きもい」
「でもね、ミリエルの香水をつけていると狙われないの」
これは新ブランドの香水をプロモーションするために、企画会社がでっちあげた作り話だった。しかし噂はやがて現実になり、足のない女子高生の死体が発見される。
シリアルキラーの正体を追って、“お父さん刑事”小暮の奮闘が始まる!



異文化交流の物語は面白い。『ガリバー旅行記』にせよ『80日間世界一周』にせよ、見たこともない文化・人々に出会った主人公の慌てふためくさまが楽しいのだ。
似たような異文化交流が、この作品にも溢れている。主人公は中年の男やもめだが、警視庁の若い女性警部補・名島とコンビを組むことに! 二人のギャップが面白いし、ぎくしゃくした関係が少しずつ信頼に変わっていく様子に胸が熱くなる。ていうか、この名島警部補がめちゃくちゃ可愛いんだわ。小柄なショートカットの童顔で、でも実は三十過ぎたオトナの女。パンツスーツ装備なのも◎で、俺はブヒィブヒィと萌えブタ化しながら読んだそういう作品じゃないです。
2000年代の初頭といえば、渋谷にはヤマンバと呼ばれる人種が生息していた。肌を極限まで黒く焼き、目の周りだけ白く塗った少女たちだ。捜査のために彼女たちを警察署に集めるシーンは抱腹絶倒。中年おやじの困惑ぶりがちょ→ウケる。
また当時はインターネットがようやく一般化し、ケータイのネット利用が本格化した頃だ。主人公・小暮はパソコンで遊ぶ時間もなく働いてきたので、当然、こういう電子的なものに弱い。「サイトってなんだ?」のセリフには苦笑。「検索してわかるなら、犯人を調べてくれよ」これに対する同僚の切り返しもすごい。「(インターネットは)何でも分かるから、何も分からないんですよ」うーん、哲学的。


このようにゲラゲラ笑いながら楽しめる肩のこらない作品なのだけど、結末まで読むと印象がガラリと変わる。頭をハンマーでぶん殴られるほど驚いた。で、慌てて冒頭に戻って二周目スタート。推理小説としての完成度に感嘆することになる。ネコの皮かぶった猛獣だよ、これ。




荻原浩は『明日の記憶』の映画化で一気に認知度を高めた作家だ。こちらはアルツハイマーをテーマにしたシリアスな一本。これは持論なのだけど、「カッコイイおっさんが出てくる映画は、いい映画」という法則がある。原作もいいけれど、この法則どおり映画版もすばらしかった。渡辺謙ってステキ。

明日の記憶 (光文社文庫)

明日の記憶 (光文社文庫)

ただ、『明日の記憶』の知名度のせいで、荻原浩は“推理作家”の印象が薄い。だからなおさら『噂』の完成度に驚かされた。王道な社会派推理小説はこの一本ぐらいしか書いておらず、他の作品のジャンルは、コメディ・サスペンス・ヒューマンドラマと多彩。ほんと芸達者な人である。



         ◆



荻原浩『噂』は、一つの時代を切り取った、すばらしい社会派推理小説です。欠点をあげるとしたら表紙の雰囲気とタイトルのせいで人妻不倫モノだと誤解されそうなことぐらい。ミステリーファンだけでなく、どんな人にもオススメできる一冊です。年末年始の読書予定リストに加えてみてはいかがでしょうか。


(じつは「女子高生の娘を持つお父さん刑事のお話」を私も書いていて、こんな完成度の高い先行作品があるんじゃ、そりゃあ箸にも棒にもかからねぇよなぁ……と軽く自信喪失したのは秘密だ。父娘のやりとりや周囲のキャラクターの設定など「パクリ?」を疑われてもしかたないぐらい似通っていて、ちょっと青ざめた。パクリ疑惑→炎上→断筆の流れは、ここ最近の新人作家に多い。そういう意味で、箸や棒にかからなくてよかったというかなんというか、ごにょごにょ……)



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【おまけ】年末に読みたいオススメ推理小説



コールドゲーム (新潮文庫)

コールドゲーム (新潮文庫)

こちらはミステリーよりもサスペンス色が強い作品だ。が、なにより青春小説として楽しい。多くの人が高校三年生の時に一瞬だけ経験する「何もしなくていい時間」――あの頃を思い出して胸がキュンキュンした。



鎖〈上〉 (新潮文庫)

鎖〈上〉 (新潮文庫)

直木賞を取った『凍える牙』の続編。前作を読んでいなくても大丈夫な安心設計だ。音道貴子シリーズは乃南アサの看板作品だけど、シリーズの最高傑作はこの『鎖』だと思う。殺人事件とかあったような気がするけどわりとどうでもよくて、主人公の周りを固めるオッサンたちのカッコよさにひたすら萌える作品――なんて紹介をしたら乃南ファンに叱られるかな。



そして二人だけになった―Until Death Do Us Part (新潮文庫)

そして二人だけになった―Until Death Do Us Part (新潮文庫)

森ワールド全開な作品。核シェルターの試験施設で起こる、完全な密室殺人。ネットの書評を読むと「のしかかる恐怖が〜〜」みたいなやつをよく目にする。けど、そんなに怖くはないです。森作品は登場人物がみんな賢いので、恐怖を感じているときも「恐怖している自分」を客観的に分析しちゃうというか何というか、すごく冷静。森作品でいちばん好きなのは『女王の百年密室』だけど、ミステリーとしてオススメなのはこちら。すべての言葉にトリックが潜んでいるので、一言一句読み逃しのないよう……。



この作品の主人公は、事故により喋ることも目を開けることもできなくなった少年だ。意識はハッキリしているけれど、外界と意思疎通する手段がない。幼馴染の“菜々子さん”はそんな彼の病室に度々お見舞いに来ていた。が、ある時、菜々子さんは語り始める:あの事故――主人公が体の自由を奪われ、菜々子さんがトラウマを抱え、そして一人が死んだ――が、本当に“事故”だったのかを。
暗闇の中で聞く菜々子さんの声と、主人公の回想だけで構成された作品。ラノベの枠には収まりきらない本格推理小説だ。理屈っぽくなりそうな設定だけど、意外にも抒情豊か。小学生時代のノスタルジーに浸れることうけあいだ。



少女には向かない職業 (創元推理文庫)

少女には向かない職業 (創元推理文庫)

くどいようですが桜庭一樹さんは女性です。やっぱり“少女”を描かせたらピカイチで、この作品では「父親的なモノ」の描き方が興味深い。これが『赤朽葉家の伝説』や直木賞受賞作『私の男』への布石になったのかなあ。あと、著者の作品のうち本当にミステリーらしいミステリー小説はこれが唯一なんjうわなにするんだやめろ



死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) (宝島社文庫 C な 5-1)

死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) (宝島社文庫 C な 5-1)

帯に書いてあるとおり、「バナナで足を滑らせて殺す」というトリックについて真面目に推理しています。どんなターゲットでも必ず“事故に見せかけて”仕留める殺し屋と、それを追いかけるダメ男フリーライターの話。「そんなのありかよッ!」と言いたくなる(でもスジは通っている)トリックの連続で、めちゃくちゃ楽しい。マンガ『MMR』とか好きだった人は楽しめると思う。トリックが暴かれるたびにΩΩΩ<ナ、ナンダッテー!!と叫びたくなること間違いなし! UFOは出てきません、念のため。




※読書好きのはてなー諸子におかれては、もう読んだことのある作品ばかりかも知れない。もしも未読のものがあればチェケラー。