デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

男性ジェンダーロールと少女性の対立/『スト魔女』『けいおん!』『まどマギ』の何が新しいか

このエントリーをはてなブックマークに追加
Share on Tumblr




魔法少女まどか☆マギカ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)

魔法少女まどか☆マギカ (1) (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ)


今週のお題は「私のちょっとした特技」ですが、私の場合は長文ツイートを垂れ流しにすることです。(特技ってより迷惑なだけじゃねーの??)というわけで、つぶやいたネタをまとめて投稿。
放送開始直後から話題を呼んだ『魔法少女まどか☆マギカ』は、私たちに「少女性とは何か」を考えるきっかけをくれました。ブログや増田、2chでは、いまだに熱い議論が交わされています。私のような素人が混ざろうとするとヤケドしそうってかヤケドでは済まなさそうです。が、さらっと私の感想をまとめておきます。



     ◆ ◆ ◆



こちらのエントリーがとても興味深い。


なぜ少女が湯水のように消費されるのか――男性オタク界隈における少女の消費状況について―― ‐シロクマの屑籠(汎適所属)
http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20110516/p1




このエントリーの肝は、要約すると次の通りだ。
:「自らのジェンダーロール(以下GR)に疲れたオタクは、異性だけの世界を夢想することで、その重荷から逃れようとする。ボーイズラブの歴史が古いのは、女性のGRのほうが、男性のそれに比べて顕在化しやすかったからだ」
ジェンダーロールってのは、性別のせいで社会的に押しつけられる役割のこと。すっげー単純にいえば「男なら女を養いなさい」「女なら家事全般をきちんとこなしなさい」みたいな役割分担のことだね。
端的かつ、納得できる考察だと私は思う。



     ◆



そして「『魔法少女まどか☆マギカ』は男性消費者がGRから逃避できる作品だ」という視点に立つと、確かにその通りだ。
あの作品の登場人物はほとんどが女性だ。主人公たち魔法少女五人だけでない。脇役にも主人公の母親、担任教師などの“かつて少女だった人々”が配置されている。その一方で男性キャラに目を向ければ、存在感の薄さに驚かされる。
どんな仕事をしているのかわからない主夫(まどかの父ちゃん)、非力な幼児(まどかの弟)、能力を失い何もできなくなった天才バイオリニスト(ろくでなし)――。どのキャラも男性GRを負わない立場にいるし、物語を動かす役割を担っていない。
物語上いちばん重要な男性は、ろくでなしの弦楽奏者だ。しかし、彼の立ち位置は映画脚本でいう“お宝”である。神話や昔話の“お姫様”みたいな立ち位置であり、物語のパーツにすぎない。主要人物の行動の動機付けとなるが、彼自身が主体的に行動を起こすわけではない。主要人物にとっての外的要素に過ぎず、物語を動かす主体ではないのだ。
それでは、男性視聴者は『魔法少女まどか☆マギカ』のどのキャラに感情移入しているのだろうか。
言うまでもなく魔法少女五人だ。異性のキャラに自分を重ねることで、男性GRから解放されるのだ。まどかに感情移入すれば「守られる喜び・成長のたくましさ」を味わえるし、ほむほむに感情移入すれば「守る喜び・気持ちが伝わらない切なさ」が解る。残りのメンバーについては割愛。


けいおん! (1) (まんがタイムKRコミックス)

けいおん! (1) (まんがタイムKRコミックス)


シロクマさんもご指摘のとおり、この文脈はそのまま『けいおん!』にも当てはめられる。
けいおん!』は、「視聴者が“六人目のけいおん部員”となって、彼女たちの雰囲気を一緒に味わう作品だ」という分析がしばしば見受けられた。では、その六人目の性別はどっちなのだろうか? 「GRからの解放」という視座から考えれば、答えは女性だ。男性視聴者は『けいおん!』を見るとき、女子高生に“なりきって”楽しんでいる。



     ◆



ハーレム系ラノベでは、しばしばヘタレな男性が主人公になる。「なぜ男性なのか」といえば感情移入を容易にさせるためであり、「なぜヘタレなのか」といえば、GRを負わせるわけにはいかないからだ。
先に「男性である理由」をちょっとだけ考えてみると、一種の様式美なのだと思う。メインターゲットに設定されている消費者が男性主人公に慣れているため、そうでなければ(不慣れなので)感情移入づらいのではないだろうか。少なくとも、供給側はそのように考えているはずだ。編集さんもサラリーマンなわけで、ある程度の売上を確保できる鉄板な作品を送り出したくなるのもしかたないだろう。(ていうか実際には、売上の予測できない冒険作品も、鉄板作品と同じかそれ以上に送り出しているんだよね。ヒットしなければ目立たないというだけで……)
重要なのは「ヘタレ」のほうだ。
消費者のGR解放という視座に立つと、「ヘタレである」という要素の重要性が見えてくる。ほのぼのとしたハーレムが目の前にあるのに、それを壊してまで一人の女の子を選び、一生かけて守り抜く――みたいな男性GRを全開にしたお話は、現在ではあまり受け入れられなくなったらしい。
背景には「専業主婦を養えるほど豊かな男性消費者が減った」という身も蓋もない事情がある。美しさを愛でるならフィギュアやねんどろいどでいいじゃん、充分じゃん、みたいな。かつてBLが生まれた頃には“女性の問題”だった社会的性差が、現在では男性に対しても顕在化した。「男ならば一家を支えて当然」なんて考え方は、いまの20代以下の男性は鼻で笑うだろう。しかし鼻で笑うだけで世の中が変わるわけでもなく、そういうマッチョズムにどっぷりと浸かったオッサンたちが社会を動かしている。
「社会の常識」と「俺たちの常識」の間にギャップがあり、そこから逃避するために、ヘタレ主人公の物語や『魔法少女まどか☆マギカ』のような“少女たちの物語”が求められる。



     ◆



話はちょっと脇道にそれるが、「少女性」を語るうえで桜庭一樹さんの作品は外せない。個人的にマイブームなのだ(←どうでもいいけど、これって心臓がハートブレイクみたいな言い回しだな)。何度も言うけど、桜庭一樹さんは女性です。


桜庭一樹さんの描く少女性は、ずばり「守られたい願望」だと俺は考えている。
どの作品を見ても、「守る←→守られる」の関係性が物語を支える屋台骨になっている。たとえば『赤×ピンク』は、三人の女性主人公の「守られたい・守りたい願望」が少しずつすれ違うことでストーリーが展開していく。少女性を捨てきれない女たちの気持が、まるでドミノ倒しのようにすれ違い続ける。


赤×ピンク (角川文庫)

赤×ピンク (角川文庫)


この作品に登場する安田友和の存在意義については、以前にもつぶやいた通りだ:彼は「相手は誰でもいいから結婚したい男」である。出会う女性に片っ端から「ぼくとケッコンしてください」とプロポーズしている(そして断られ続ける)。ポイントは「今夜一緒に寝よう」じゃなくて、「ケッコンしよう」と言っているところ。
安田友和は「ケッコン」によって「永続的に守るべき相手」を手に入れようとしている。つまり彼をつき動かしているのは性欲ではなく、庇護欲・保護欲である。そして、「守りたい欲求」を満たせるならば、相手は誰でも良い(!)のだ。
現実世界では男だって、女の子と同じぐらい打算と妥協をしながら生きている。汚い言い方をすれば、パートナーを取捨選択している。だけど安田友和は、それをしない。「守るべき相手」を自動的に守る、まるでセキュリティシステムみたいな存在になろうとしているのだ。
この男を「守られたい願望の少女」の視点から見ると、「こんなにダメなあたしでも守ってくれる男」となる。どんなに自分が魅力を失っても、全力で守り続けてくれる男。それが安田友和だ。「相手は誰でもいいからケッコンしたい」という彼の姿は、ある意味、少女たちにとって理想の男性像だ。
桜庭一樹さんの描く「少女性」の中心に「守られたい願望」があるのならば、その願望に対する答えとして「守りつづける存在」が登場するのは当然だろう。



また『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』には、児童虐待を受ける少女が登場する。
被虐待児――海野藻屑は守られる“べき”立場の人間だ。しかし藻屑は、守られることをとっくにあきらめており、そういう願望を持っていない。人魚の物語を夢想することで、非情な現実と闘っている。
一方、主人公のなぎさは「守りたい願望」「守られたい願望」を併せ持つ、普通の女の子だ。藻屑との出会いで、「守りたい願望」が発露していく。
しかし、なぎさは「少女であるがゆえに」藻屑を守ることができない。なぎさにとって精神的支柱だった兄は、事件を通して神秘性を失ってしまう。なぎさは「守られたい願望」を持つ少女であり、また物語を通じて「守りたい願望」にも目覚めていく。しかし、そういった願望“だけ”では生きていけない現実を知り、成長を遂げる。――この物語を要約すると以上のようになる。
ここから考えると、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』は「守り手不在の物語」なのだ。本来なら守られるべき立場の人間ばかりが登場し、守りの手は最後まで届かない。



     ◆



GOSICK‐ゴシック‐ (角川ビーンズ文庫)

GOSICK‐ゴシック‐ (角川ビーンズ文庫)


で、アニメ絶賛放映中の『GOSICK』だ。こちらも原作者は桜庭一樹さん。
このアニメの主人公・久城一弥について考えてみよう。彼は一見、ヘタレ主人公の一人のように思える。武闘派ではないし、かといって天才・秀才というわけでもない。クラスでは「黒い死神」なんてあだ名をつけられて、浮いてしまっている。ここだけ見れば、男性消費者が自身を重ねやすいキャラ設定だ。


ところが桜庭一樹さんの作品では、登場人物はそれぞれのGRから逃れられない。「少女=守られる、少年=守る」という役割分担が、桜庭さんの作品では明白に描かれる。
ただし、「世の中そんなに甘くないわよ」と突き放す冷徹さを持っていることが、桜庭さんの魅力だ。一例を上げれば、作中で男性キャラがしばしばマゾ化するのだ。「マゾ化した男性=守るチカラを喪失した男」である。『赤×ピンク』の師匠にせよ、『砂糖菓子〜』のクラスメイト男子(名前ド忘れ)にせよ、マゾであるがゆえに「少女を守る」という男性GRを果たせなくなる。
(この点は個人的にはちょっと不思議だ。ドMだけど男らしい人も現実には結構いる。でも桜庭さんの作品世界には、そういう男って滅多に登場しないんだよね。全著作を網羅したわけじゃないので、もう少し読みこんでみます)


GOSICK-ゴシック-BD版 第1巻 [Blu-ray]

GOSICK-ゴシック-BD版 第1巻 [Blu-ray]


GOSICK』の久城くんに話を戻すと、彼は男性GRを果たそうとして、挫折を味わった人物だ。厳しい軍人の家庭に生まれ、兄弟と比べられ、母や姉に庇護されて、「男として不適格」という烙印を押された過去を持っている。彼が欧州に留学したのは、ある意味そういった男性GRからの逃避だと言えるだろう
ところが留学先で、久城はヴィクトリカと出会う。彼女に振り回されながらも、徐々に「彼女を守る立場」に目覚めていく。彼の一途さはハンパじゃなくて、ライバルヒロインのアヴリルが不憫になるぐらいだ。つーか、公平な観点で比較したらどう考えてもアヴリルのほうがいい女じゃねーか。明るくて元気で友達想いでスタイルも良くて、なによりもショートカットだ!! しかし久城はアヴリルを選ばず、ヴィクトリカに尽くし続ける。日本では女々しいとされた「優しさ」を忘れず、彼はわき目も振らずにヴィクトリカを守ろうとする。


つまり『GOSICK』は、久城一弥が失った男性性を取り戻していく物語なのだ。


ヴィクトリカのような「手のかかる彼女」は、男の「守りたい願望」を満たすのに適している。歴史は古く、似た例を探せば枚挙にいとまがない。ハルヒも桐乃も黒猫もその他大勢のメインヒロインは大体みんな「手がかかる」

電波女と青春男〈5〉 (電撃文庫)

電波女と青春男〈5〉 (電撃文庫)

男の「守りたい願望」とは、言いかえれば「男性的GRを果たしたい願望」だ。この点が『スト魔女』『けいおん』『まどマギ』とは対照的だ。後者の作品群は男性GRと「守りたい願望」とを切り離すことに成功した。GRを視聴者に忘れさせつつ、なおかつ「守りたい願望」を満たせるということを示した。


     ◆


『ストライク・ウィッチーズ』『けいおん!』『魔法少女まどか☆マギカ』等の作品群は、男が不要な物語世界を作り出すことに成功した――
――のだが、俺からするとまだ甘い気がする。もっと男の不在を徹底し、あらゆるジェンダーを消失させて、男女の差が肉体的差異だけになったときに何が見えるのか。そこまで踏み込んだ作品が登場するのを私は望んでいる。




   ◆ ◆ ◆




作品が「何を語っているか」を語るのはなんだかカッコ悪いのですが、乏しい知恵をふり絞って感想を書いてみました。(私は「語られる内容」よりも、どちらかといえば「語る方法」に興味があります)
「男性のジェンダーロールからの解放」という流れの根底に若年者の低所得化という社会情勢があるとすれば、この流れはまだしばらく続きそうです。この流れがメインストリームなのか私には解りませんし、一過性のものなのかも知れません。ですが20代以下の男性が“誰かのヒーローになれない”という現実は、まだしばらく続きそうです。したがって“少女だけの物語”も、すぐには無くならないでしょう。この流れをより掘り下げ、突きつめた作品と出会うのが、今から楽しみでなりません。







あわせて読みたい

権力とセクハラの切っても切れない関係:日経ビジネスオンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110519/220042/
※男権社会と創作について、面白い考察が書かれていました。

ゼロ年代に「オタクの正史」を書けた批評家は本田透‐増田
http://anond.hatelabo.jp/20110519022558

まどか☆マギカ、熱狂の本質を理解できない人々
http://anond.hatelabo.jp/20110516193402

やらおんの階級意識について考えてみた
http://anond.hatelabo.jp/20110520104231
※かなり鋭いオタク論だと思います。たしかに俺も怖いや、知識豊富な批評家サイドの人って。

んで、男性オタクは今後どうするんだろう
http://anond.hatelabo.jp/20110521082510
※男性GRを果たしたくないのではなく、果たせないのだ。という指摘には超同意。