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駄作小説はいかにして作られるか(2)/欠落する「謎→真相」の流れと人物の行動

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「1200字で小説を書きなさい」という仕事をもらったとする。400字詰めの原稿用紙なら3枚。あなたなら、どんな作品を書くだろう。
素人はこれぐらいの長さの作品をよく書く。学校の文芸部が作っている冊子や、同人誌、ネット上の小説サイトなどに散見される。それらのほとんどが主人公の独白だ。「童貞こじらせたヤツがひたすら懊悩をつぶやく」とか、「憂鬱な日曜日の午後にカモミール・ティーが冷めていくのを眺めながらもの想いにふける」そんな作品ばかりを目にする。
でも、それって面白くないよね。
ぶっちゃけ主人公が失恋していようが将来に不安を覚えていようが日常に退屈していようが、読者にとってはどうでもいい。主人公に共感できなければ楽しめない。そして読者の悩みや考えが、主人公のそれと一致する確率は、そんなに高くない。だから独白は退屈なのだ、多くの読者にとって。


じゃあ、どうすれば面白くなるのか。あなたの「想い」をストーリーへと昇華するには、何が必要なのか。


自戒を込めつつ、書いてみる。



 ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆



さっそく結論から書きます。要点は二つだと思う。

1.「謎→真相」の流れを作る
2.思考ではなく行動で人物を描く

作品の長さを問わず、この二つがデキていないと退屈な独白文学になる。しばしば「日記と同じ」と揶揄されるような作品の仲間入りだ。



1.「謎→真相」の流れを作る
すべてのストーリーには謎がある。この考えを持つにいたったのは中学生のころだ。少なくとも私が「面白い!」と感じたストーリーはすべて、謎の要素を持っていた。
もちろんミステリー小説に限らない。
昔話から例をひけば、主人公に「桃や竹筒から生まれた」という特性を与えることで、彼/彼女が常人でないことを示す。すると「そいつは何者なんだ?」「そいつは何をしでかすんだ?」という興味を喚起される。ほら、「?」があるでしょう。つまり「謎」の要素だ。
高校生ならば誰もが知っている『こころ』はどうだろう。あの作品も、「私」が語る前半部分で「先生の過去になにがあったんだ?」という興味を喚起させる。それが読者のモチベーションになるから、あの長い「遺書」を読みとおせる。
つまり「謎」は、読者をひきつけるために必要だ。最後まで読んでもらうためには、謎の要素が欠かせない。
手元にあるお気に入りの作品を思い浮べて欲しい。必ず冒頭には「謎の要素」があるはずだ。ミステリーならば、「殺人が起きました、犯人は誰か?」という分かりやすい謎の提示がある。お話の構造自体が謎を生みだしている。一方、夏目漱石はあの軽妙な語り口によって謎を作っている。「私がその人を先生と呼ぶのは〜」から始まる書き出しの、思わせぶりなことと言ったら! 読者が「先生ってどんな人なの?」という興味を持つように仕向けている。



似たような話をプロのシナリオライターの人が言っていた、ような気がする。
ストーリーとシナリオの違いは、「実は……」があるかどうか。
ここでいう「ストーリー」とは、出来事を時系列で並べたものをいう。一方、シナリオとは「そのストーリーをどんな形で見せるか」を意味している。
そしてシナリオの特徴は、「実は……」の要素があることだという。


例)ストーリー
ハルヒは世界を作りかえる超能力を持っている。が、本人はそれに気付いていない。彼女を観察する等の目的で、宇宙人・未来人・超能力者が集まってくる。一方、キョンはごく普通の男子高校生だ。ハルヒの引き起こした世界の危機に、彼は巻き込まれる。しかし仲間の知恵を借り、彼は世界を救う」


例)シナリオ
「ごく普通の男子高校生キョンは、同級生の少女ハルヒの作ったサークルに、半ば強引に加入させられる。そこには他に三人の仲間がいた。彼らは実は宇宙人、未来人、超能力者だった。彼らの目的はハルヒを見守ること。なぜならハルヒ実は世界を作りかえる超能力を持っているからだ。仲間の知恵を借り、キョンは世界を救う」


これって、「謎→真相」の流れにそっくりだ。この言葉をおっしゃったのがどなたか、どうしても思い出せない。悔しい。
「実は……」の、「……」の部分が示されると、そこに驚きが生まれる。私の言葉でいえば、「真相」が明かされた時だ。「そうだったのか!」「なるほどね!」という感情の動きが読者に与えられる。


まとめると、
鄯.読者を惹きつけるためには「謎」の要素が必要。
鄱.読者の感情を揺さぶるためには「真相」の要素が必要。
ということになるんじゃないかな。




2.思考ではなく行動で人物を描く
繰り返しになるが、登場人物の独白が延々と続き、しかもそれに共感できないと、読むのが苦痛になる。
たぶん理由は二つ。
一つは現代が映像作品の氾濫する時代であること。私を含む多くの読者が「視覚的なもの」からお話を読み解くことに慣れている。しかし思考は目に見えない。だから、それを受け止めて楽しむことは難しい。
もう一つの理由は、そもそも「ストーリー」とは何かの「経時変化」であること。「昔々あるところにAさんがいて、そのAさんがあんなことをした、こんなことをした」という記述を、ストーリーという。そこには時間の流れがある。一方、「あんなことを考えた」「こんなことを考えた」という記述は、時間の流れを無視しても書き綴れる。
つまり登場人物の独白(内面の吐露)を記述するのは、その部分だけ作中の時間を止めているに等しい。小説はストーリーを楽しませる芸術だ。ストーリーとは「時間による変化」だ。それが停まっているのだから、楽しめなくても無理はない。


「人物を描きなさい」という言葉をよく耳にする。少しでも創作をしたことのある人なら、一度は誰かに言われたはずだ。登場人物の人間性を描きなさい、と。だけど上記の理由から、登場人物の「思考」を書くのはリスクが高い。たしかに人間性を表現するならば、「何を考えているのか」を書くのが手っ取り早い。のだが、作品をとっつきづらいものにしてしまう。
だから登場人物の人間性は、できるだけ「行動」で表現するべきだ。
たとえば憂鬱な日曜日の午後にカモミールティーを舐めながら「フラれちゃった可哀そうなワタシ」を延々と書くよりも、
「どうやって相手と出会ったのか」
「相手のどんな行動に惚れたのか」
「どんなきっかけで付き合い始めたのか」
「付き合ってから、お互いの行動はどう変わったのか」
そして「どのように別れたのか」
を書いた方が面白くなる。単なる独白を超えて、きちんとしたストーリーになるからだ。そこに「実は……」を組み込めば、それは立派な小説だ。


より細かい部分に目を向けよう。たとえば「彼氏が“実は”浮気をしてました/二股をかけていました」というありきたりな展開を考えてみよう。その真相を知った主人公は、とうぜん怒るはずだ。小説を書いているとき、書き手は登場人物に感情移入している。だから主人公の気持ちを代弁して、呪詛をぶちまけたくなる。罵詈雑言をぶつけたくなる。独白のはじまりだ。
しかし、ここでも「行動」で描いたほうが作品の質は高くなる。「どのような怒り方をするのか」が重要だ。「泣き叫び、相手に掴みかかる」のならば、主人公が直情的で情熱的なのが分かる。感情をきちんと吐き出せる人なのだと推察できる。「能面のように表情が固まり、一瞬後、涙が一筋こぼれる」ならば、怒りよりも哀しみが勝っているのが分かる。感情を抑えてしまう大人しい人物なのだと推察できる。「小さくため息をつき、微笑んだ」ならどうだ? 相手を許すほど大人なオンナなのか、あるいは抑圧しているだけなのか。後者ならばかなり怖い。


とはいえ「行動で描きましょう」という指針は、絶対じゃない。内面を書くとリスクがあるというだけの話だ。むしろ「上手な内面描写」と併用していくのが重要だ。
桐野夏生『ダーク』は、「四十歳になったら死のうと思っている」という書き出しで始まる。主人公の独白・内面の吐露だ。そして「現在三十八歳と二ヵ月だから、あと二年足らずだ」と続く。こちらは状況説明で、意識や思考とは無関係なものだ。
四十歳になったら死のうと思っている。現在三十八歳と二ヵ月だから、あと二年足らずだ。
たったの40字ほどで、主人公のキャラクターが確立している。やっぱり、すごいよなあ、上手いよなあ。無駄のない、惚れぼれするような書き出しだ。
舞城王太郎煙か土か食い物』は、特徴的な文体の一人称小説だ。主人公が、なんつーか、オラオラ系(?)の語り口なのだ。一段落がとても長く、ページをまたぐことも多い。彼のキャッチコピーは「すさまじい文圧!研ぎ澄まされた感性!」だ。
では主人公の内面描写が延々と続くのかと言えば、そうでもない。豊富なボキャブラリーを用いて、テンポよく「出来事」を描写していく。感情の吐露は、出来事と出来事のすき間に一言、二言ずつ挿入されるだけだ。真相を推理している時はさすがに「思考」が延々と語られるが、それまでの「出来事」の描写がきちんとなされているので、飽きずに読める。
小説サイトなどに散見される素人の小説では、独白に偏重しがちだ。そういう人(=かつての私)は、できるだけ行動で人間性を描くように心がけたほうがいいだろう。
大事なのはバランス感覚だ。内面と行動の描写を、うまく組み合わせること。だからメロスは激怒する(内面)し、土壇場では親友を殴る(行動)。




3.まとめ


このエントリーで書いたことは、たぶん、かなり基本的なことだろう。これに比べれば、「三幕構成」だとか「ストーリー・ドラマ・キャラクターの三層構造」といった話題は、かなり高次なものだと思う。



1.「謎→真相」の流れを作る
※読者をひきつけるのが謎の役割
※読者の感情を揺さぶるのが真相の役割


2.思考ではなく行動で人物を描く
※実際には、内面と行動のバランスが大事。でも素人は内面に偏重しがち。だからこれを心がけるべき。



この二つの要素があれば、たった1200字の作品であってもきちんと小説として成り立つ。それどころか、プロの手にかかれば「面白み」や「人間の悲哀・皮肉」といったブンガクの世界にまで踏み込める。


時雨沢恵一5000ツイート記念作品『キリ番の国 ―5000―』
http://togetter.com/li/44264


これはライトノベル作家の大御所・時雨沢恵一ツイッター上で発表した作品だ。140字*8ツイート、文字数でいえば1120字。とても短い作品ながら、きちんと楽しめる。人によって評価は分かれるだろうけれど、カモミールティー文学よりも間違いなく面白い。素人の書く駄作とは、天と地ほどの差がある。


プロにあって素人にないモノ。それはたぶん、このあたりに隠されている。






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