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映画『チェンジリング』は正統派のハリウッド映画だ

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【ネタバレ注意!】
クリント=イーストウッド監督の作品は面白い。ハリウッド的な手法を多用しながらも、ストーリーの根底にはハリウッドらしくないテーマが流れている。社会性・政治性の高い問題が扱われることも多い。それが彼の作品の魅力だ。『チェンジリング』は、そういった彼の魅力を余すところなく味わえる傑作だった。



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【テーマの重さ】
この作品は1930年ごろのロサンゼルスが舞台だ。ロサンゼルス市警察の汚職・怠慢を、告発するような物語となっている。権力監視というテーマはプロパガンダ的な色を帯びやすく、下手をすれば「監視」ではなく「権力叩き」映画になってしまいがちだ。しかしこの作品では「警察の怠慢により凶悪事件が見逃されてしまう」という部分まで踏み込んでいる。権力への監視が行き届かないと、どのような結果をもたらすのか。社会的な影響まで描いたことで、単なるプロパガンダ映画とは一線を画している。
また、この作品に説得力を与えているのは、克明に描かれた登場人物の心情だ。
とくにアンジェリーナ・ジョリーの演技がすごい。彼女といえば『トゥーム・レイダー』とか『Mr&Msスミス』のような、「強いお姉さん」の印象が濃かった。この作品では一転、か弱いシングルマザーを演じている。途方に暮れる彼女の姿には、思わず手を差し伸べたくなる。しかし物語が進むにつれ、彼女がものすごく強い人間だと判ってくる。絶望的な状況に追い込まれても、決してあきらめない。そういった内面的な強さが描かれていく。「強い女性」の代表であるアンジーはハマり役だった。
とはいえテーマが重く、暗い。あまりにも痛々しくて、開始30分で私は観るのをやめたくなった。『ミスティック・リバー』や『ミリオンダラー・ベイビー』など、イーストウッド監督作品には暗いものが多い。しかし他の作品にあるようなユーモアもほとんどなく、ひたすら鬱展開が続く。(そもそもユーモアが入り込めるようなストーリーではない)この暗さがあるからこそ、ラストシーンの、最後のセリフに胸を打たれる。
これほど暗い話なのにラストまで観ることが出来たのは、ハリウッド的な手法のおかげだろう。中だるみすることなく、ずっと緊迫感に満ちている。



【ハリウッドの手法】
イーストウッド監督は、「見せたいモノをはっきり撮る」という意識が強いと思う。構図にせよカメラワークにせよ、そのシーンで彼の撮りたいモノを、教科書的に画面に映していく。登場人物が感情を発露する時はその顔をズームアップ。孤独を表現するときはロングショット。主役は必ず画面の右から現れて、悪役は左から現れる……等々、繰り返し使われ、すでに確立された撮り方をしている(ように感じる)


脚本の面でもそれは顕著だ。三幕構成の視点から、分析してみよう。
セットアップとして、母子の関係が描かれる。その直後に事件が起こり、主人公は自らのアイデンティティと直面する。敵の姿はハッキリと分かるけれど、どうやって攻略すればいいか分からない。そこに主人公を支援する「助言者」が現れる。これが第一ターニングポイント。
第二幕の前半で、主人公は助言者と共になんとか状況を動かそうと努力する。しかし、行動が裏目に出て、さらなるピンチに陥る(精神病院に入院させられる)。あわやこれまで、と思われたところで、物語は大きな転機を迎える(息子が犯罪に巻き込まれたと分かる)。これがミッドポイントだ。
第二幕の後半では、過去の回想シーンが入る(事件の真相が明らかになっていく)。そして、クライマックスに向けて物語が動く(舞台が法廷に移動する)これが第二ターニングポイント。
第三幕はクライマックス。観客の感情を高ぶらせるようなエピソードが次々に展開される。(二つの法廷での判決)悪は打ち倒され、主人公は人間的に成長する。
またこの作品の第三幕では、「シンデレラ曲線」という技法もハッキリと現れていた。ポジティブなエピソードとネガティブなエピソードを交互に繰り返すことで、観客の感情を揺さぶり、大きな感動に導いていくという手法だ。



このように、ハリウッド的な(しっかりと確立された)技術を多用することで、重たいテーマ・暗いストーリーでありながら、最後まで緊迫感を持続させ、観客を感動に導いている。




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