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デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

『けいおん!』の第二期がはじまる前に(3)

二次創作
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『白鳥たちは見えないところでバタ足をする』
Rootport著


第1回はこちら→http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20100325/1269487497
※全5回







     【3】

枇杷(びわ)って、こんなに鮮やかな橙(だいだい)色なんですね。美味しそう。あ、いえ、お待ちします。これはタルトだから、アイスとかパフェみたいに融けるものじゃないですし。センパイの抹茶フラペチーノもすぐに来ますって。
 みお先輩、今どんなご様子か、ご存じじゃありませんか。センパイなら地元だし、みお先輩と会ったり、してませんか。
 ……そうですか、やっぱり引きこもったきり……ですか。そうですよね、あんな目に遭ったら誰だってそうなります。もしも私がみお先輩と同じ立場になったら、やっぱり、しばらくは誰とも会いたくないと思います。センパイはあのとき、警察署にいたそうですね。みお先輩が捕まったときです。身柄引受人のご両親が到着するまで、センパイが警察署で待っていたと聞いています。
 ほら、話しているあいだに来ました。すごいボリュームでしょ。宇治の玉露を使っているそうですよ。それじゃ、いただきます。
 ――上京したばかりのころは、こんなことになるとは思いませんでした。
 東京に出てくれば、なにか「素晴らしいモノ」を手に入れられると信じていました。『白雪姫と七人のこびと』に出てくる鉱山のような場所をイメージしていたんです。宝石のようにキラキラした「なにか」が、そこらじゅうに転がっていて、誰でもそれを拾い上げることができる。簡単に自分のモノにできる。そんなイメージを持っていました。それが具体的にどんなモノなのか、何も考えていなかったのに。友情も勉強も恋愛も、すべて上手くいく。そう信じていました。
 さっきもお話したとおり、東京での部屋探しもみお先輩に手伝っていただきました。行きの新幹線はゆい先輩と一緒でした。みお先輩、東京駅まで迎えに来て下さったんです。「おう、ひさしぶりだな」なんて、アネゴ口調が懐かしくて……。高校のころから頼れるお姉さんでしたけど、なんだか、もっと大人びていらっしゃいました。転びそうなほど高いヒールなのに、すたすたと危なげなく歩くみお先輩を見て、ああ、もう制服は着ないんだな、と改めて感じました。嬉しいようで、ちょっと淋しかったな。……ゆい先輩はその日、なぜか制服でしたけど。
 ゆい先輩とは新宿で別れて、二人でいくつか物件を見て回りました。事前にインターネットで目星はつけていたんですけど、写真で見るのと実際に見て回るのとでは違うじゃないですか。学校の近くはあまりにも家賃が高いか、あまりにも狭くて、結局、少し離れた場所の物件にしました。アパートに毛が生えた程度のマンションです。それなりに広さがあって、防音もされている部屋です。アンプを繋いだギターはさすがに弾けないけれど、夜中にCDをかけても叱られない部屋を選びました。だけど、みお先輩、「あんまり部屋に帰らなくなるよ」なんておっしゃるんです。「とくに彼氏とか出来ちゃうと」とニヤニヤしてらっしゃいました。
 その頃、マコトさんとお付き合いを始めたばかりだったみたいです。私にはよく判らないけど、付き合い始めはいちばん楽しいって、よく言うじゃないですか。みお先輩もきっとそういう状態だったんだと思います。
 私がマコトさんと直接お会いしたのは五月の半ば、上京して最初のゴールデン・ウィークが終わった頃でした。私とみお先輩はその日、渋谷で遊んでいました。原宿までお買い物をしながら歩くことになって、明治通りに向かっていました。そしたら、マコトさんからメールがあったんです。「近くまで来ている」って。
 マコトさん、真っ赤なミニクーパーに乗ってました。古い、小さいやつじゃないですよ。BMWが売ってる大きいやつです。宮下公園の前あたり――渋谷でも、緑が多くて落ち着いた雰囲気の場所です――に車を止めて、タバコをふかしてらっしゃいました。私たちに気がつくと、窓から身を乗り出して、軽く手を振りました。そういう仕草の一つひとつは穏やかで、優しい雰囲気がありました。服はたぶん古着ばかりだったと思います。でも、高円寺とかにいそうな安っぽい雰囲気の男じゃなくて、ジャケットも、ジーンズも、よく手入れされた上等なものを着ていました。みお先輩と並ぶと、確かに絵になる二人でした。
 変な話ですけど、「足取り」って、女の子の幸せを測るバロメーターだと思うんです。あの時のみお先輩、わき目も振らずミニクーパーに駆け寄りました。隣にいる私のことなんか、一瞬だけ忘れていたと思います。みお先輩みたいなタイプの女の子って、本能に従順なところがありますよね。好きな人の顔を見たら、考えるよりも先に体が動いてしまうんです。しあわせな時、女の子は足取りが軽くなります、空も飛べそうなほど。
「ひさしぶり」とマコトさんは言いました。「ごめん。忙しくて、なかなか会う時間が作れなかった」って。「いいの、大丈夫」と応えるみお先輩は、顔を耳まで赤くしていらっしゃいました。少しうつむき加減で、まっすぐにマコトさんと目を合わせられないみたいでした。なんだか意外でした。あんなに女の子らしい仕草、見たことなかったから。
 結局そのあと、みお先輩はマコトさんのクルマで帰ることになりました。「乗っていく?」って訊かれましたけど、フツーそんなの無理ですよね、気マズすぎます。「お気遣いなく」というどちらが気を遣っているのか解らない挨拶を交わして、お二人のクルマをお見送りしました。
 みお先輩は学外でバンドを組んでいらっしゃって、都内のハコを回っていたそうです。いわゆるインカレ・サークルみたいなものに所属してらっしゃいました。バンドのメンバーを探している学生同士のネットワークがあるみたいです。
 マコトさんとは、下北沢のライブハウスで出会ったそうです。マコトさんはギタリストとして活動するかたわら、そのライブハウスのスタッフをなさっていました。音楽だけじゃ食べていけませんから。
 くだんのサークルで、みお先輩はハコを準備する仕事をなさっていたそうです。ライブハウスや市民会館のスタッフと打ち合わせをするのは、みお先輩の役目でした。そこでマコトさんと知り合って、ライブの後、デートに誘われて、少女マンガにありそうな色々な手順があって、お付き合いすることになったそうです。
 実は、みお先輩やマコトさんの演奏を聴いたのは、ずっと後になってからなんです。
 一年生の頃は私も忙しくて、みお先輩たちの演奏しているところ、聴きに行けませんでした。
 私、いまはジャズをやっています。私がジャズギターに初めて触ったのは、小学生のころでした。親に言われるがまま始めました。高校に入学したばかりのころも、まずはジャズ研を見学しました。だけど本物のジャズとは少し違う気がして、入部しなかったんです。それで、センパイたちのやっている軽音部に入りました。
 でも心のどこかで、スウィングを求めていたんでしょうね、大学生になったらまたジャズをやりたくなってしまったんです。私がいま所属しているジャズ部――A学モダンジャズ倶楽部っていうんですけど、プロの人も何人か輩出しているサークルです。週末はたいていどこかのバーに繰り出して、朝まで演奏してます。一年生のころは授業のスケジュールもぎっちり詰まっていましたから、みお先輩からライブの日程を教わっても、足を運べませんでした。
 結局、みお先輩とは学校帰りにお茶するぐらいで、一年目が終わりました。その頃には、みお先輩はすっかりマコトさんの部屋に入り浸るようになってました。半同棲っていうんですか。「地元のみんなには秘密だよ」っておっしゃっていました。ご両親にバレたら、ただでは済まないと考えていたみたいです。
 ゆい先輩が立川で路上ライブを始めたのもその頃です。センパイもご存じだと思いますが、ゆい先輩、週末は立川の駅前で歌っています。軽音部のメンバーで音楽方面に進んだのは、ゆい先輩だけでしたけど「水を得た魚」ってああいう状態をいうんでしょうね、すごく充実しているようです。将来は学校の音楽の先生を目指していらっしゃるそうです。会う時間はなかなか作れませんけど、メールとか電話から知る限り、仲間に恵まれたみたいです。路上で一緒に歌っているのは大学のクラスメートだそうですよ。
 いちど、みお先輩と二人で見に行ったことがあります、ゆい先輩の路上ライブ。たしか六月だったから、私がマコトさんに初めて会ってから、ちょうど一年後ぐらいです。
 立川駅って、みんな歩くのが速いんです。乗降者数は、中央線では新宿駅や東京駅に次いで第三位だそうです。ゆい先輩の大学は駅から離れた静かな場所ですが、立川駅前はかなりの都会です。雑然としていて、肩と肩が触れ合いそうな距離をものすごい早足ですれ違うことになります。
 だけど、ゆい先輩たちが演奏を始めたら、その周りだけ人の流れが止まりました。ぜんぜん知らない人たちが足を止めて、ゆい先輩のギターに聞き入っている――私、音楽ってすごいなと思いました。ゆい先輩の天然ボケなMCに笑うタイミングとか、曲が終わった後の拍手とか、あっという間に一体感が生まれていたんです。私、東京の人たちって仏頂面でいつも急いでるイメージがありました。満員電車でどんなに体と体を押しつけあっても、お互いに無関心でいられる、赤の他人でいられる、そういう人たちです。だけど、ゆい先輩の路上ライブを聴きにいって、そういう東京人のイメージが変わっちゃいました。
 じつはその日でした、予感みたいなのを感じたのは。「みお先輩の様子が変だな」って初めて気づいたのは。
 路上ライブが始まる前に、みお先輩とお茶しました。路上ライブは、夕方、日が沈んだころから始まります。みお先輩と私は少し早めの三時頃に待ち合わせをしました。立川って滅多に足を運びませんけれど「駅ナカが面白いよ」と聞いていました。エキュートってご存知ですか? 立川とか品川とか、東京のJRって、駅の中に百貨店が併設されている場所がいくつかあるんです。改札から出なくてもお買い物できるように。
 みお先輩とお買い物するの、私、けっこう好きです。みお先輩はその日、アナスイの長袖ワンピースにロングブーツという服装でした。みお先輩は背が高いから、サマになるんです。私があんな格好をしたら「服に着られている」みたいになっちゃうと思います。服の趣味がぜんぜん違う人と買い物するのを、嫌がる人もいますよね。でも、自分がふだん使わないお店って、なかなか足を踏み込めないじゃないですか。みお先輩と一緒にお買い物すると、いつも知らないお店に連れて行ってもらえます。だから楽しいんです。
「コーヒー豆を買わなくちゃ」って、みお先輩はおっしゃいました。洋服とかアクセサリーを、一通り見終わった後でした。みお先輩、ケータイを開いて、マコトさんからのメールを見せてくださいました。たった一言カタカナが並んでいました。コーヒー豆の名前だそうです。「今朝、切れちゃったんだよ」真剣な表情でした。「だから今日中に買わなくちゃいけないんだ」
 それから駅前のデパートをいくつか回ったんですけど、なかなか見つけられなかったんです。そのコーヒー豆、コロンビア産の希少な品種だそうです。歩きまわっているうちに、私は疲れてしまって、訊いたんです。「ほかの銘柄のコーヒー豆じゃダメなんですか」って。ゆい先輩の路上ライブが始まる前に一度どこかで座りたかったですし「甘いものでも食べませんか」って訊きました。
「ダメだ、絶対」即答でした。怒ったような表情で「それに今日は、甘いものはあまり食べたくないんだ」とおっしゃいました。すぐには教えてくれませんでしたけど、じつはその日、口内炎があったそうです。みお先輩のあんなに怖い顔、私は見たことありませんでした。
 七月に入ってから、マコトさんのライブに行く機会がありました。私がマコトさんのギターを初めて聴いたのはその時です。その前から、マコトさんがどんな音楽をなさっているのか耳にタコができるほど聞かされていました。みお先輩はいつもうっとりとした表情で、「しびれた」とおっしゃっていました。「アンプから出てくるのは同じギターの音なのに、他の人とは全然違う」「甘いものも苦いものも全部うけとめてくれる、カレーライスみたいな音」だそうです。よくわからない比喩ですけど、クセになる、って言いたかったのかな。
 七月のその日、下北沢駅の改札で待ち合わせをしました。私が駅に着くと、みお先輩はすでに来ていました。ロペの黒いジャケットを着ていらして、いつにも増して大人っぽい雰囲気でした。朝からマコトさんの準備を手伝っていたので、いちど部屋に戻って着替えたそうです。普段着だとおっしゃっていました。みお先輩はその日、ステージがなかったんです。
 下北沢は迷路みたいな街です。道は細いですし、直角に交わる交差点はほとんどありません。今は再開発計画が進められているので、工事中と書かれたトタン板がいたるところで道を寸断しています。古書店とか雑貨屋さんとか、ちょっと変わったお店が多くて、散策するぶんには面白いと思います。でも、ガイドがいないとすぐ迷子になっちゃう街です。
 そのライブハウスは、古いマンションの地下を改装した場所でした。築三十年ぐらいの、かなり年季の入った建物です。マンションのオーナーさんもライブに来ていました。先代オーナーのころは地下駐車場として使っていたそうですが、周りが便利になるにつれて、クルマを停める店子さんが減ってしまったそうです。それで今のオーナーが引き継ぐときに、思い切って改装したそうです。今のオーナーさん、高校生のころはボブ・ディランの大ファンで、今でもオヤジバンドを組んでいるそうです。
 マコトさんのギター――、お上手でしたよ。本職を目指している人は違うな、と感じさせる腕前でした。技術なら私よりもぜんぜん上で、背伸びしたって届かないくらいのテクニックを持っていらっしゃいます。やっぱり男の人は、手が大きくてズルいです。ステージの上のマコトさんを、みお先輩は微動だにせず見つめてらっしゃいました。両手の指を、お祈りするみたいに胸の前で組んでいました。ほっぺたを少し上気させて、くちびるをちょっぴり噛んで――。まるで、ケーキが切り分けられるのを待っている子供みたいな表情でした。
 だけど、私には解らなかったんです、マコトさんのギターの良さが。
 確かに技巧的にハイレベルなのは解るんです。音はブレないし、縦ノリも横ノリも、指先にメトロノームが入っているみたいに正確でした。でも、なんだか気持ち悪いんです。「こう弾けば技術を見せつけられる」「こう弾けば俺様のカッコよさが伝わる」そういうナルシシズムが見え透いているようで、私はマコトさんの音を好きになれませんでした。
 みお先輩と私は、似た者同士だと思っていました。学年こそ違いますけど、意地っ張りなところとか、自分の経験不足を棚にあげて頑固になってしまうところとか、そっくりだったと思います。けれど違うのは、みお先輩には相手を認める優しさがあるんです。たとえば音楽だってそうです。私は、自分が「本物だ」と感じたもの以外は、ぜんぶニセモノの、誰かの真似をした音楽にしか聞こえません。そうなるともう、雑音にしか思えなくなってしまいます。けれど、みお先輩は絶対にそんなことしません。自分と違う相手に出会ったら、進んでそれを理解しようとするんです。
 そういう部分は、ゆい先輩とも違いました。ああいう天才肌の人って、根本的な部分では他人を必要としていないんです。ゆい先輩の「ギターが弾けるだけで幸せ」という言葉は、本当に言葉どおりの意味なのだと思います。他人の力を借りなくても、幸せを自給自足できる人なんです。だから、自分のことを認めてくれればそれで充分で、相手がどんな人物なのかは、あまり重要じゃないんだと思います。「好き」と言ってくれる相手なら、どんな相手でも構わない。そういう部分が少なからずあって、だからこそ次々に新しい彼氏を作れるんじゃないでしょうか。
 みお先輩は、私のように誰かを突っぱねたりしません。ゆい先輩のように「他人(ひと)は他人(ひと)」だと割り切れる強さも持っていらっしゃいません。みお先輩は、心から解り合える仲間を求めていたんです。人に対しての好奇心が旺盛なんです。自分と違う相手を認めてしまって――愛してしまえる。そういう人なんです」




【つづく】
第4回→ http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20100328/1269739591
※全5回





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※参考



けいおん!!公式ホームページ

http://www.tbs.co.jp/anime/k-on/




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