デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

『けいおん!』の第二期がはじまる前に(2)

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『白鳥たちは見えないところでバタ足をする』
Rootport著


第1回はこちら→http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20100325/1269487497
※全5回




     【2】


「あ、ここです。ここのカフェ。日差しもそんなに強くないですし、外の席でいいですか。このお店、みお先輩に教えていただいたんです。ここの抹茶フラペチーノ、すごく美味しいですよ。もちろんコーヒーも絶品らしいです、けど、私にはいまいち味が判らなくて……。ていうか、味のわかるお客さんなんて、滅多に来ないんじゃないですか、あまり大きな声じゃ言えませんけれど。――だって見てください、若い女の子ばっかりです。あの人が読んでるのって、江國香織の新刊ですよね。センパイはもうお読みになりました?
みお先輩もときどき、江國香織を読んでいましたよね。私、何度か見たことあります、音楽室でみお先輩が、ひとりで読書しているところ。放課後、みお先輩は誰よりも早く音楽室に来てました。ほら、私やセンパイは、クラスメイトに捕まって遅刻することもあったじゃないですか。でも、みお先輩は違いました。きっと、誰よりも部活を愛してたんです。ホームルームが長引いたとか、なにか特別なことがない限り、真っ先に音楽室に来てました。たいていはお一人で練習していたみたいです。でも時々、小説を読みふけってらっしゃることがありました。――え? みお先輩、入学当初は文芸部に入ろうとしてたんですか? いいえ、知らなかったです。でもあんな詩、あ、いえ、なんでもないです。きっとそちらでも活躍し――てらしたと、思うです。
私、みお先輩が読書しているところ、好きでした。なんて言えばいいんだろう、みお先輩って本当に美少女だったじゃないですか、黒髪のロングがそのまま似合っちゃうぐらいに! 今でも綺麗ですけれど、高校生のころのみお先輩って、とろけてしまうぐらい可愛かったと思うんです。つい見とれていると、魔法にかけられてしまいそうなほど。そんなみお先輩が、くちをきゅっと閉じて本を見つめている……あの顔が好きでした。長いまつげとか、ほっぺたにかかる黒髪とか。みお先輩が読書しているときは、音楽室のドアを開けたくなかったです。時間を止めて、ガラスの向こうのみお先輩を見ていたかった。
憧れていましたし、尊敬していました。
音楽に対する姿勢もステキだったな。ほら、私ってときどき暴走しちゃいますよね。ティーカップ事件もそうですけど、私って「まず音楽ありき」な人間なんです。弾く機会こそ減りましたけど、たぶん一生、ギターを手放せないと思います。音楽のことを考えると周りが見えなくなることがあって、そういうとき、空気読まずに暴走しちゃうんです。
みお先輩はそういう部分でバランスが取れている人でした。センパイたちのまったりした空気を大切にしながら、「がつがつ練習したい」という私の気持ちも酌んでくれました。あれで流されやすいところもあったから「冷静沈着」とは違うのかな。とにかく優しいんです。心が広くて、周りのひとの想いを、みんな受け止めてくれる。そういうお姉さんでした。みお先輩がベーシストじゃなかったら、私たちのバンドはもっとめちゃくちゃな音を鳴らしていたはずです。
センパイにとっても同じですよね。センパイにとっても、みお先輩は大切な親友だったんですよね。センパイとは小さい頃からの幼馴染だったと聞いています。ほら、覚えてますか、みんなでみお先輩をストーカーしたことありましたよね。文化祭の直前でしたっけ、後を追けたじゃないですか、みお先輩がクラスメイトとお茶しているところを。
たしか、むぎ先輩も一緒だったと思います。練習のあと「一緒に帰ろう」ってセンパイが声をかけたら、みお先輩だけ「友達と帰るから」って別れたんですよ。それで、残ったメンバーで、みお先輩のことを追いかけることになったんです。むぎ先輩が「探偵さんになったみたい」とおっしゃったのを覚えています。
あの時、尾行することを思いついたのはセンパイでした。あの時は、どうして追跡なんてするのか判らなかったんです。センパイは時々、男の子みたいなことをする人でしたから、後を追けるのもセンパイらしいイタズラなのかなって、思っていました。
だけど本当はあの時、みお先輩との関係がなんだか険悪になっていたんですよね。なんだか上手くいかないから、余計にみお先輩のことが気になっていたんですよね。私、文化祭のことで頭がいっぱいで、ぜんぜん気がつきませんでした。気がついたのは、文化祭のほんとうに間際になって、センパイとみお先輩が怒鳴りあいのケンカをなさった時です。それを見てやっと、あの尾行の意味が判りました。
ケンカしている相手を気にしてしまうのは、それだけ相手のことを好きだってことです。センパイたちのケンカを見た日の夜、私は眠れませんでした。文化祭のステージが上手くいくか不安でした。でも同時に気付いたんです。センパイは本当に、みお先輩のことが好きなんだなって。私は、友達とあんなふうに怒鳴りあいのケンカをしたことがありません。大声でケンカできるほどの親友は、ほとんどいません。だから、ちょっぴり羨ましかったです。
――えっ、私の後輩ですか。……そう、ですか。ドラムの子が怪我したから、センパイが助っ人に――あの子たち、私のことなんて言ってました? たぶん、褒めてはもらえないんだろうな。センパイたちが私にしてくれたみたいに、私はあの子たちにできなかったから。逆立ちしたって、いい先輩とは言ってもらえないと思います。
センパイたちが卒業してから、私、部活にはあまり顔を出さなくなったんです。あの子たちはあの子たちで、やりたいことがあったんです。私がいると、目の上のたんこぶと言うか、色々やりづらいと思って――。
私、三年生のころは、ゆい先輩とばかり遊んでました。ゆい先輩、浪人生なのにぜんぜん勉強してなかったんです。私が無理やり勉強に誘っていなかったら、今もまだ合格していなかったかも知れないです。あ、でも、実技はお上手でした。ピアノなんて全然触ったことないのに、あっという間に上達されて、サワコ先生も驚いてらっしゃいました。ゆい先輩って、からだで覚えるタイプなんです。私みたいに知識から入るんじゃなくて、とりあえずいじってみて、使い方とか技術を身につける人です。私みたいな形から入るタイプは、すぐに頭でっかちになります。ゆい先輩はそういう慢心がなくて、本当はすごい技術を持っているのに、ご自分ではそれに気が付かないんです。そういうところ、素敵だと思います。
とはいえ、ゼロからピアノを始めるのは大変だったみたいで、猛練習をなさっていました。卒業生なのに、私よりも音楽室に入り浸っていました。でも全然つらそうじゃなくて、「あずにゃん、ピアノも面白いよう」なんて笑っていらっしゃいました。
逆に、筆記試験のほうは壊滅的でした。ぜんぜん勉強なさろうとしないから、いつも私が図書館に引っ張っていきました。英語も楽典も、なぜか私が教えていました。まさかト音記号ヘ音記号から教えることになるとは思いませんでした。「カタチは見たことあるんだけど、名前を知らない」っておっしゃっていました。
ゆい先輩、受験勉強中もギターは封印しませんでした。ちょっと意外ですよね。「ピアノを練習したらギターの弾き方を忘れた」とか、ゆい先輩なら言いかねません。だけど、ゆい先輩はギターから離れませんでした。勉強とかピアノに飽きたら、すぐに私を呼ぶんです。「あずにゃん、ギター教えて!」って。知識はともかく、テクニックはとっくに私を追い抜いていたのに。
きっと、ゆい先輩もさびしかったのだと思います。みお先輩は東京に出てしまい、むぎ先輩もイギリスに留学してしまって、地元に残ったのは私と、センパイと、ゆい先輩の三人でした。あの頃からです、ゆい先輩が色々な男の人と、とっかえひっかえお付き合いするようになったのは。どこで出会うのか解らないのですが、三ヶ月に一度ぐらいのペースで「新しいカレシが出来た」という話をなさっていました。
あの頃、センパイはすごくお忙しそうで――。あ、いえ、センパイのことを責めているわけじゃありません。そんなことおっしゃらないでください。センパイはセンパイで、お勉強が大変だったんですよね。短期大学ではカリキュラムがかなり過密だ、と聞いています。むしろ同じ地元にいるのに、遊びに誘わなかった私たちが悪いんです。I短大は街の中心にあるんだから、メールひとつで会えたのに。
そんな、ご謙遜なさらないでください。華道って素敵だと思います。たしかに、今のセンパイのお仕事に、直接役立つものではないかも知れませんけれど――心構えというか、教養というか、やっぱり身につけて損なものではないと思うんです。えっと、たしか運送の会社に勤めてらっしゃるんでしたっけ。お忙しいのに、会いに来てくださってありがとうございます。
――え、わたし……ですか? 今はちょうどヒマな時期です。三年生になったばかりですし、そろそろ進路を考え始めないといけないんですが――。勉強やサークルとは別に、やりたいことがあるんです。やらなければいけないことが。はい、いちおう就活もするつもりです。けど、大学院受験を考えています。……公認会計士の資格を取ろうと思っています。――すみません、私の話は、いいんです」



【つづく】
第3回→http://d.hatena.ne.jp/Rootport/20100327/1269662317
※全5回


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※参考


けいおん!!公式ホームページ
http://www.tbs.co.jp/anime/k-on/



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