デマこい!

「デマこいてんじゃねえ!」というブログの移転先です。管理人Rootportのらくがき帳。

廃課金ソシャゲはもういやだ/2017年スマホゲーム業界の課題

 

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■2017年、スマホゲーム業界の抱えた矛盾

 ソーシャルゲームインフォの長谷部潤氏によれば、2016年には「これまでとは全く異なる性質を持ったユーザ層が、スマホゲーム市場に台頭し始め」たという[1]

 2015年までは、イノベーター理論でいうイノベーターやアーリーアダプター、アーリーマジョリティがスマートフォンを手に入れて、アプリを遊んでいた。ところが2015年半ばにはスマホの普及率が50%を超え、昨年2016年にはいよいよレイトマジョリティ層がスマホゲームで遊ぶようになったという。2017年にも、この傾向は続くだろうと氏は予想している。

 

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※画像出典:イノベーター理論とキャズム理論 – マーケティング is.jp

 

 

 レイトマジョリティ層のユーザーは、自分から積極的に情報収集をするわけではない。必ずしもゲームを熱心に遊ぶわけではないし、今までのユーザー層に比べて課金に対しておよび腰な人が多いだろう。

 そういう人々がスマホアプリで遊ぶようになった結果起きたのが、昨年の「グラブル騒動」であり、テレビCM出稿量の低下にともなう『白猫プロジェクト(2014年)』の売上ランキング下降だった──。長谷部氏はそのように分析している。

 

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※『パズル&ドラゴンズ』が生まれるまでの系付

 

 私個人の感想としては、2016年は「ソロゲーから対戦ゲームへのシフト」が印象に残っている。

 そもそもケータイで遊ぶソーシャルゲームは、その名前が示すとおり他者の存在を前提として、協力や競い合いを楽しむものだった。ところが『ドラゴンコレクション(2010年)』と『パズル&ドラゴンズ(2012年)』のメガヒット以降、ケータイゲームはソロゲー(※1人遊びゲーム)の色合いを強くしていった。

 もちろんフレンド機能やランキングイベントの重要性がなくなったわけではない。

 けれど、ヒットを飛ばすのはPVE(※プレイヤー対コンピューター)を遊びの中心に据えたタイトルばかりだった。ゲーム開発各社は、新作をリリースする際には「ソロゲーとしてどれほど面白いゲームにするか」に力を入れてきた。PVEの部分が充分に豪華で面白ければ、プレイヤーは課金してガチャを回してくれたからである。

(※とはいえ、スマホゲームをソロゲーとして発展させてきたのは日本に独特の現象だろう。海外発のタイトルでは『クラッシュ・オブ・クラン』『ハースストーン』に代表されるように、PVP(プレイヤー対プレイヤー、対人戦)を主眼にしたゲームが作られてきた)

 

 

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※画像出典:シャドウバース公式サイト

 

 2016年は、いよいよ日本の国産タイトルでもPVPを中心としたゲームがヒットするようになった。『シャドウバース』や『白猫テニス』、さらに『遊戯王デュエルリンクス』が当てはまる。

 なぜPVEからPVPへのシフトが起きたのか?

 理由の1つは、ユーザーの「飽き」対策だ。

 スマホゲームの運用期間は、短期化が進んでいる。大半のユーザーは、遊ぶゲームを簡単には変えない。新しいゲームが出ても、少し遊んだらすぐに飽きて、前から遊んでいる『パズドラ』や『モンスト』に戻ってしまうのだ。したがって新規タイトルをリリースする際には、「ユーザーが飽きるまでの期間」をいかにして長引かせるかが課題になる。

 PVEのゲームでユーザーを飽きさせないためには、新しいイベントや適切な強さの敵を逐次投入しなければならない。その一方で、他のゲームに顧客を奪われないよう、ゲームそのものを豪華にする必要もある。3DCGを多用した美麗なグラフィックと、人気声優を起用したフルボイスは、今では当たり前のものになった。こうして、新規キャラクターを追加するだけでも馬鹿にならない運用コストが生じるようになった。

 それでもPVEのゲームは、すぐに飽きる。

 なぜならAIの操作する敵は行動パターンが一定であり、そのパターンを理解すれば簡単に倒せてしまうからだ。それを防ぐためにAIを強くすると、今度はユーザーがまったく勝てない「クソゲー」になってしまう。「飽き」を防ぐためには、勝てるか勝てないかのギリギリのバランスが必要だ。が、PVEのゲームでそのバランスを維持するのは──維持し続けるのは──至難の業なのだ。

 PVPのゲームなら、この問題を回避できる。プレイヤーが練習(や課金)をして対戦相手に勝てるようになると、対戦相手の側も成長して、簡単には勝たせてくれなくなる。上手く組み立てられたPVPのゲームでは、「勝てるか勝てないかのギリギリのバランス」がずっと維持される。

 ところが、ここで矛盾が生じる。

 長谷部氏の提言に従うなら、2017年以降のスマホゲーム市場ではレイトマジョリティ層を取り込まなければならない。それほどゲームに熱心ではないユーザーに楽しんでもらい、気持ちよくお金を使ってもらわないといけない。

 一方、PVPに熱中するのはどんなユーザーだろう? 勝つことにこだわり、Wikiを読み込んで新キャラクターのパラメーターを熟知し、課金することもいとわない──。そういうユーザーではないだろうか。レイトマジョリティ層には(おそらく)あまりいないタイプのユーザーである。

 マーケットの状況としてはレイトマジョリティを狙うべきだが、「飽き」を抑えて運用期間を長引かせるためにPVPへのシフトが進んでいる。ここに大きな矛盾があるのだ。ゲーム開発会社は、ユーザー像としてどんなペルソナを設定すればいいのだろう?

 

 

 

■奇跡のゲーム『Magic: the Gathering』

 困難にぶつかったときは、先人の知恵を借りるのが手っ取り早い。

 似たような問題にぶち当たった「過去の誰か」を探すのだ。

Magic: the Gathering』は、1993年に発売された世界で最初のトレーディング・カードゲームだ。『遊戯王』も『デュエルマスターズ』も、MtGがなければ生まれなかった。そもそも『ドラコレ』型のソシャゲ自体が、MtGをとことん簡略化したものだと見なせる。MtGは「カードを集めて自分だけのデッキを組んで遊ぶ」というスタイルを確立した。

 

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※画像出典:マジック:ザ・ギャザリング 日本公式ウェブサイト

 

 そして特筆すべきは、MtGが未だにオワコンではないことだ。

 発売から四半世紀(!)が経とうとしているのに、今でも公式大会が頻繁に開催されており、定期的に最新のカードセットが販売されている。忘れがちだが、これはとんでもないことだ。

 スマホゲームの運用期間は(ごく一部の長命タイトルを除き)おおよそ2~3年ほどだろう。最近では、リリース後3ヶ月で売上が急落する作品も珍しくない。それらと比べて、四半世紀に渡ってMtGが売れ続けているという事実は、「奇跡」と呼んでも大袈裟ではない。

 MtGは、どうやってこの偉業を成し遂げたのだろう?

 通り一遍の説明なら、MtGで遊んだことのない人でも耳にしたことがあるだろう。

 まず第1に、MtGはそもそも対戦ゲーム、つまりPVPだ。どんなに強くなっても、いつか必ず自分よりも強い誰かが現れる。第2に、MtGには環境の変化がある。定期的に最新セットが追加され、古いセットのカードは公式大会では使用できなくなる。この2つの理由が、「飽きさせない工夫」として重要なのは言うまでもない。

 だが、MtGのプレイヤーなら首をかしげるはずだ。

 果たしてMtGの魅力は、この2つだけだろうか?

 あなたがMtGを遊び続けるのは、「誰かに勝ちたくて」「環境が変化するから」という2つの理由だけで説明できるだろうか?

 これら2つの説明は、MtGに飽きない要因としては不充分なのだ。

 

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※画像出典:マジック:ザ・ギャザリング 日本公式ウェブサイト

 

 MtGには、現在のスマホゲームにはほとんど見られない明白な特徴がある。

 それは、負けても楽しいことだ。

 読者のなかには、私が何を言っているか理解できない人もいるかもしれない。「負けても楽しいだって? おい、頭をどこかにぶつけたのか。ゲームは勝てたほうが楽しいに決まってるじゃないか!」と。

 しかし一度でもMtGにハマったことがある人なら、私の主張にうなずいてくれるだろう。もちろん私だって、勝てたほうがいいに決まっている。しかしMtGで遊んでいると、しばしば「負けても楽しい」と感じる瞬間に遭遇するのだ。

 勝ち負けに関係なく「楽しい」と感じられるのは、MtGのデザイナーが優れたセンスを持ち合わせているからだけではない。MtGの開発チームはプレイヤーのペルソナを体系的に分類することで、すべてのプレイヤーに楽しめる瞬間をもたらしているのだ。

 では、MtGの開発チームはプレイヤー像としてどのようなペルソナを設定しているのだろう。新しいカードをデザインして、最新セットを作るときに、彼らは何を考えているのだろう。

 


■プレイヤーを分類する2つの軸

 リードデザイナーのマーク・ローズウォーターによれば、MtGの開発チームではプレイヤーのペルソナを2つの軸で分類しているという。

 心理学的傾向の軸と、美学的評価の軸だ。

 心理学的傾向の軸では、プレイヤーをスパイクティミージョニーの3つのタイプに分類する。詳細は追々説明するとして、まずは概要を書いておこう。

 スパイクは、何かを証明したがっているプレイヤーだ。勝ちにこだわり、トーナメントの上位入賞を目指すタイプの人、それが典型的なスパイクだ。

 ティミーは、何かを経験したがっているプレイヤーだ。分かりやすくて派手な効果のカードを好み、コストパフォーマンスにはこだわらない。初心者に多いタイプだといえる。(※MtGではゲーム中にカードを使う際に「マナ」と呼ばれる魔法のエネルギーを消費する。少ないマナで強力な効果を発揮するカードは「コストパフォーマンスがいい」と評される)

 ジョニーは、何かを表現したがっているプレイヤーだ。一見すると使い道の分からないカードで怪しげなコンボを決めたり、あるいは背景ストーリーのワンシーンを対戦中にテーブルの上で再現しようとするようなプレイヤーが当てはまる。(※MtGではカードセットの1つひとつに背景世界とストーリーが設定されており、小説等の形で発表されている)

 一方、美学的評価の軸では、プレイヤーをヴォーソスメルの2つのタイプに分類する。ひとことで言えば、ヴォーソスは世界観を重視するプレイヤー、メルはメカニズムを重視するプレイヤーだといえる。

 心理学的傾向の軸は、プレイヤーがゲームにどんな経験を求めているのかを分類したものだ。ゲームを「なぜ」楽しいと感じるのかに注目している。一方、美学的評価の軸では、ゲームのプレイを離れて、カードの1枚いちまいをどのように評価しているかを分類したものだ。プレイヤーがカードの「何」を評価するのかに注目している。

 


Zootopia Official US Trailer #2

 

 ここで、私が友人と『ズートピア』を見たときの話をしたい。

「どうだった、ズートピアの評価は?」

 私が訊くと、彼はしたり顔で答えた。

「さすがはディズニーって感じだね。キャラクター・デザインは可愛らしくて、しかも各登場人物の内面をうまく動物として表現している。シナリオは緻密に組み立てられていて、非の打ち所がない」

「じゃあ、映画を楽しめた?」

「とんでもない! やっぱり子供向けのファミリー映画で、僕には向かないよ。説教臭く感じたし、お話がデキすぎている。僕はもう少し粗のあるシナリオのほうが、現実味があって好きだな」

 私自身は『ズートピア』が大好きなので、彼の感想には落胆させられた。しかし、心理学的傾向と美学的評価の違いを理解するのには役に立つ。

 キャラデザの可愛らしさやシナリオの緻密さは、美学的評価に属するものだ。作品の質を評価している。一方で、「僕には向かない」というのは心理学的傾向を示したものであり、体験の質を判断している。映画の観客と同じように、プレイヤーがゲームをどのように楽しんでいるのか、この2つの軸から分析することができるのだ。

 

 

■スパイク、ティミー、ジョニー

 まずは心理学的傾向の軸から、詳しく見ていこう。

 すでに書いたとおり、スパイクは何かを証明したがっているプレイヤーだ。自分の優秀さ──判断力の鋭さや柔軟さ、知識の深さ──を、ゲームを通じて証明したいと願っている。したがって、彼らは勝敗にこだわり、トーナメントに参加して上位を目指す。

 

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 勝ちにこだわるため、スパイクはコストパフォーマンスを重視する。

 たとえば《タルモゴイフ》はスパイクたちのお気に入りだ。大規模なトーナメントでは、参加者のデッキにかなりの頻度で採用されている。なぜなら、破格のコストパフォーマンスを持つからだ。現在のMtGでは、2マナのクリーチャーは2/2(※攻撃力2、防御力2の意味)が標準的なサイズだ。しかし《タルモゴイフ》は、2マナで平均4/5、最大で8/9のサイズになる。開発チーム自身が「黒歴史」と呼ぶほどの強すぎるカードである[2]

 

 

http://mtg-jp.com/reading/special/img/20160602a/jp_6lj1x4gFjS.jpg

 

 MtGの開発チームには、「スパイク向けのカードをデザインする必要はない」という神話があるらしい。スパイクたちはカードリストを血眼になって読み、環境でもっとも強いカードの組み合わせを自分たちで見つける。彼らは最良のカードをプレイするだけだから、わざわざ彼ら向けのカードを作る必要はないという。

  だが、これは神話にすぎないとマーク・ローズウォーターは述べている。ただ強いカードを提供するだけでは、スパイクは満足しない。スパイクは、単純に勝利のみを望んでいるわけではない。勝利を通じて、自分の能力を証明したいと望んでいるのだ。

 したがって、「使う人の技量によって強さが変動するカード」をスパイクは喜ぶ。その代表格が《嘘か真か》である。たしかに、このカードは単純に強いカードでもある。だが、それだけではない。対戦相手と自分との力量差が大きければ大きいほど、より強力な効果を発揮するのだ。

 

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 ティミーは、何かを経験したがっているプレイヤーだ。彼らは、分かりやすくて派手な効果のカードを好む。たとえば《アトランティスの王》は、代表的なティミー向けのカードだといえる。一目見て、マーフォークをぎっしりと詰め込んだ魚人デッキで使えばいいと分かる。しかも、使ったときの効果は劇的だ。自分の魚人軍団が一気に強化されて、対戦相手をきっと打ち負かしてくれる。

 ティミーが求めているのは、ゲーム中に何かすごいことをやってのけて興奮する瞬間だ。これをMtGの開発チームは「ティミー的瞬間」と名付けている。一例として、マーク・ローズウォーターは、自身の2007年の世界選手権での経験を書いている。

 

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 その時、マーク・ローズウォーターは多人数戦をプレイしており、場には《カメレオンの巨像》が出ていた。さらに、大量のマナを使用できる状態だった。彼はふと、自身のマジック歴のなかで一度も使ったことがないような巨大なクリーチャーを作れることに気づいた。その瞬間、勝利を求める気持ちは消失し、《カメレオンの巨像》のサイズを目一杯まで大きくすることのみに意識が集中したという。

 じつのところ、その時のマーク・ローズウォーターはライブラリーが空になる寸前で、ほぼ負けが決まった状態だった。(※ライブラリーとは山札のこと。MtGでは、ライブラリーからカードを引けないと敗北と見なされる。それを狙って、ライブラリーを削ることに特化したデッキも存在する) だが、巨大な《カメレオンの巨像》を作り出せるという興奮の前に、勝敗など些細なことになってしまった。たとえ負けてもいい、誰も見たことのないサイズのクリーチャーを生み出して、対戦相手を驚かすことができればそれでいい──。

 MtGのプレイ経験がある人なら、この時のマーク・ローズウォーターの気持ちがよく分かるだろう。すべてのプレイヤーに「ティミー的瞬間」がある。勝敗はともかく、何かすごいことができそうだと気づいて、アドレナリンが体内を駆け巡る瞬間だ。

 

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 スパイクに比べて、ティミーはコストパフォーマンスをそれほど重視しない。たとえマナ・コストが重たくても、何かド派手なことを楽しめればそれでいい。《歪んだ世界》のようなカードは、ティミーの大好物だ。

 この「コストを重視しない」という性格のため、ティミー向けのカードはデッキ構築の要となる場合が多い。スパイクの場合、デッキの60枚をすべてコストパフォーマンスのいいカードで固めて、その組み合わせで勝利を目指す。一方、ティミーはまず「使ってみたいカード」を決めて、それを活かすためのデッキ構築をしがちだと考えられる。

 

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 ジョニーは、何かを表現したがっているプレイヤーだ。ティミーが率直で分かりやすいカードを求めているのに対して、ジョニーは他のプレイヤーが見つけられないようなものを発見することこそがゲームだと考えている。《タルモゴイフ》や《アトランティスの王》のようなカードは、ジョニーにとっては単純すぎて退屈なのだ。

 ジョニー向けのカードとして、ここでは《パンハモニコン》を挙げたい。

 このカードは明らかに「戦場に出たときに何かするカード」と相性がいい。が、それ以上のことは教えてくれない。《パンハモニコン》を使いこなす独自の方法は、ジョニー自身が見つけなければならない。(たとえば《金線の使い魔》よりも《伏魔殿》と組み合わせたほうが、明らかに強そうだ!)

 

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 また、ジョニーはしばしばカードのデメリットを「挑戦」として受け取る。

 一例として、マーク・ローズウォーターは《地ならし屋》を挙げている。このカードはわずか5マナで10/10というサイズだ。MtGは20点のライフポイントを奪い合うゲームなので、たった2回《地ならし屋》で対戦相手を殴ることができれば勝利できる。反面、デメリットも激烈だ。MtGではライブラリーからカードを引けないと敗北と見なされるのに、肝心のライブラリーをすべてゲームから取り除いてしまう。

 スパイクやティミーにとって、《地ならし屋》はデメリットが大きすぎるクソカードだ。ところがジョニーの目には、このデメリットこそが魅力的に映る。なんとかして、このデメリットをメリットに変えてやろうと目論むのだ。(たとえば《明日の標》と組み合わせれば無限ターンになるし、《研究室の偏執狂》と組み合わせてもよさそうだ!)

 カードの独特の使い道を発見しようとする点で、ジョニー向けのカードはデッキの要になる場合が多い。この点はティミー向けのカードと同様だ。しかし、ティミーが《アトランティスの王》のような一目見てどう使えばいいか分かるカード(※マーク・ローズウォーターはこれを「リニアなカード」と呼んでいる)を求めるのに対して、ジョニーが求めるものは正反対だ。

 

 以上が、心理学的傾向の軸からのMtGプレイヤーの分類だ。

 マーク・ローズウォーターによれば、必ずしも1人のプレイヤーを3つのうちのどれかに当てはめることはできないという。むしろ、誰もが心の中に3つのタイプを抱いている。すべてのプレイヤーに「ティミー的瞬間」があるように、積極的にトーナメントに参加するスパイク型のプレイヤーでも、ヘンテコなコンボを思いついてドキドキする瞬間がある。クソカードを何とかして使いこなそうとしているジョニー型のプレイヤーでも、勝利できたほうが楽しいと感じる。

 重要な点は、勝つことだけがゲームの楽しみ方ではないと、MtGの開発チームが理解していることだ。「ゲームの楽しみ方は人それぞれ」と口で言うのは簡単だ。MtGの開発チームは、それを3つの心理学的傾向として体系的に分類している。これが負けても楽しい(ことがある)というMtGの特徴を生み出しているのだろう。

 

 

■ヴォーソスとメル

 続いて、美学的評価の軸について考えてみたい。

 簡単に言えば、ヴォーソスは世界観を重視するプレイヤーだ。カードの背景にあるストーリーや世界観、雰囲気、いわゆる「フレーバー」に注目する。一方、メルはメカニズムを重視するプレイヤーだ。1枚のカードに書かれた効果が、いかにゲーム全体の構造にフィットするかを評価する。

 それぞれ具体的なカードで説明しよう。

 

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 典型的なヴォーソス向けのカードとして、マーク・ローズウォーターは《凍結》を挙げている。このカードは2つの効果を持つ。1つは、このカードが貼り付けられたクリーチャー・カードはアンタップしなくなる。もう1つは、このカードが貼り付けられているクリーチャーにダメージが与えられると、それは破壊される。

 じつは、この2つの効果はあまり噛み合っていない。

 1つ目の効果から説明しよう。MtGでは、クリーチャー・カードを横向きに倒すことで「攻撃したこと」を表現する。この横向きに倒した状態のことを「タップ状態」と呼ぶ。各自のターンの開始時に、タップ状態の自分のカードをすべてもとの縦向きに戻す。これをアンタップと呼ぶ。そして重要なルールとして、タップ状態のクリーチャーは攻撃に参加できない。

 つまり《凍結》は、すでにタップ状態になっている対戦相手のクリーチャーに貼り付けて、それ以降の攻撃を妨害するためのカードなのだ。ところが、これは2つ目の効果と噛み合わない。アンタップを阻止するだけで、大抵のクリーチャーは脅威ではなくなる。わざわざ追加のダメージを与えて破壊する必要はない。

 したがってメカニズムの面から見ると、《凍結》はそれほどエレガントなカードではないのだ。

 しかし、世界観や雰囲気──「フレーバー」の面から見るとどうだろう?

 アンタップを防いで動きを止めるという1つ目の効果で、クリーチャーがカチンコチンに凍り付いた様子をイメージできる。まるで氷像のように固まってしまえば、わずかな刺激(ダメージ)で、バラバラに破壊されてしまうだろう。そんなファンタジー世界の魔法を、1枚のカードでうまく表現しているのだ。

 

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 メル向けのカードの代表として、マーク・ローズウォーターは《秘教の思索》を挙げている。ごちゃごちゃと書かれた初心者向けの注釈を除けば、このカードにはたった2つの言葉しか書かれていない。「バイバック(2)」と「占術3」だ。前者は、2マナの追加コストを支払うことで、このカードを繰り返し使えるようにする能力。後者はライブラリーの上から3枚のカードを並べ替える能力だ。

 メカニズムの面から見ると、《秘教の思索》は非常にエレガントなカードだ。可能な限りシンプルな文面が採用されており、余計なことは一切書かれていない。2つの能力も上手く噛み合っている。工業製品で例えるならApple無印良品のような、効率的で機能美に優れたデザインの1枚だ。

 しかしフレーバーの面から考えると、どうだろう?

「バイバック(2)」という能力に、世界観の広がりを感じることはできない。それが「占術」という能力と、どのようなストーリーで結ばれているのかもよく分からない。《秘教の思索》という名前自体が、それっぽい単語を適当に並べただけに思える。少なくとも、《凍結》のように豊かなファンタジー世界のイメージを喚起してくれるカードではない。

 

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 じつは、ヴォーソスとメルは対立概念ではない。

 世界観の美しさとメカニズムの美しさを、同時に満たすカードがあるからだ。一例として、マーク・ローズウォーターは《死の国からの帰還》を挙げている。

 このカードは、豊かなストーリー性を喚起してくれる。ギリシャ神話で語られるような「冥界に降りて誰かを救出して戻ってくる」という物語を、うまく表現しているからだ。

 同時に、メカニズム的にも非常にエレガントだ。

 墓地からクリーチャーを復活させるカードのことを「リアニメイト・カード」と呼び、戦場に出たときに効果を発揮するクリーチャーとの相性がいい。《叫び大口》や《永遠の証人》のようなカードを大量に組み込むことが、リアニメイト・デッキを組むときの定石だ。《死の国からの帰還》の効果は、この戦略と上手く噛み合うのだ。

 

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 ヴォーソスの対立概念は「ヴォーソスではない人」であり、メルではない。同様に、メルの対立概念は「メルではない人」であり、ヴォーソスではない。「ヴォーソスの傾向が強く、同時にメルの傾向も強い」という状態がありうるし、実際にそういうプレイヤーは存在する。上記の図は、このことをマトリクスにまとめたものだ。

 

 

MtGプレイヤーの6つのペルソナ

 ここまで、MtGの開発チームがプレイヤーのペルソナ設定に用いている2つの軸を紹介してきた。

 1つは心理学的傾向の軸で、スパイク、ティミー、ジョニーの3つのタイプに分類できる。これはプレイヤーが「なぜ」そのゲームを楽しいと感じるのかを分析したものだ。

 もう1つは美学的評価の軸で、ヴォーソスとメルの2つのタイプに分類できる。これはプレイヤーがゲームの「何」を評価しているのか分析したものだ。

 

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 したがって、MtGプレイヤーのペルソナは、2つの軸を組み合わせた6種類に分類できる。上記の表は、それをまとめたものだ。新しいカードをデザインするとき、MtGの開発チームでは6分類のうちどの層のプレイヤーにアピールするものなのかを議論するという。

 このなかで、いちばん分かりやすいのはメル・スパイクだ。ハードコアなトーナメント・プレイヤーであり、勝敗にこだわる。スマホゲームでいえば、ランキングの上位を目指して日夜練習にいそしみ、高額の課金もいとわない人々だといえる。いわゆる「廃課金」のユーザーは、例外なくメル・スパイクと呼べるだろう。

 一方、ヴォーソス・スパイクは「もっとも妙な組み合わせ」だとマーク・ローズウォーターは述べている。世界観やストーリーへの理解の深さで、自分を証明したがっている人だ。たしかにMtGのプレイヤーでは、世界観やストーリーについて熱心に語る人はあまり多くない。が、日本のスマホゲームのユーザーには、ヴォーソス・スパイクに当てはまる人が結構いるのではないだろうか。

 


アイドルマスター シンデレラガールズ スターライトステージ新PV.

 

 たとえば『デレステ』のようなゲームだ。この手のゲームのユーザーには、ヴォーソス・スパイクが多いと私は考えている。

デレステ』のユーザーがガチャを回すのは、強いキャラが追加されたときだけではない。むしろ自分の好きなキャラクターの新規カードが追加された際に、強さにこだわらずに入手しようとするケースが多いと思われる。

 さらに『デレステ』では、声優たちのライブも人気だ。現実世界のライブに参加したからといって、ゲーム内で有利になるわけではない。にもかかわらず『デレステ』のファンが高額なチケットを喜んで購入するのは、『デレステ』の世界観により深く親しみたいからだ。好きなキャラクターの個性や物語について、誰よりも詳しくなりたいからだ。

 ヴォーソス・スパイクの需要として、上記の表では「語るに値するカード」と書いた。これはマーク・ローズウォーターの言葉ではなく、私の独自解釈だ。

 世界観がぶち壊しになるような効果で、イラストも美しくない。そんなカードは語るに値しないものになってしまう。『デレステ』では、佐久間まゆというキャラクターの新規カードが炎上したことがある[3]。それまでユーザーが思い描いていた彼女の性格と、一致しないイラストだったからだ。世界観を壊されて怒ったユーザーたちは、おそらくヴォーソス・スパイクの傾向が強い人々だったのだろう。

 ヴォーソス・スパイクがゲームに求めるのは、総合芸術としての価値だといえる。

 世界観や登場人物の個性をきちんと守っており、イラスト等のクリエイティブ面も高品質であること。それがヴォーソス・スパイクを満足させる条件だ。

 

The Art of Magic: The Gathering - Innistrad (Magic the Gathering)

The Art of Magic: The Gathering - Innistrad (Magic the Gathering)

 

 

 また、ヴォーソス・ティミーについても説明が必要だろう。

 MtGでは通常、世界観設定とメカニズムのデザインは同時並行で行われる。それに対して、世界観やストーリーを先に決めてしまい、それを重視してカードをデザインしていくことを「トップダウン・デザイン」と呼ぶ。

 近年では『イニストラード』というカードセットが、トップダウン・デザインが行われたことで知られている[4]。このセットのテーマはゴシック・ホラー。狼男や吸血鬼、ゾンビなど、おなじみのモンスターたちが登場する。『イニストラード』のイラストは画集として販売されており、ページをめくれば芳醇な世界観を垣間見ることができる。

 

 

MtGのノウハウスマホアプリに活かせるか?

 話を戻そう。

 長谷部潤氏によれば、現在、日本のスマホゲーム市場はレイトマジョリティ層に浸透しつつある。この層のユーザーを楽しませて、気持ちよくお金を使ってもらうことが、2017年以降のスマホゲームの課題だという。

 一方で、スマホゲームのリッチ化競争は熾烈を極め、現在では新規キャラクターを1体追加するだけでも馬鹿にならないコストが生じる。ユーザーを飽きさせないためにはイベントやアイテムの逐次追加が必要だが、そのコストは高騰し続けている。この問題を回避する方法として、2016年後半にはPVPを主眼としたゲームが目立つようになった。

 PVPにハマるのは、主体的に情報を集めて熱心にプレイするユーザーだ。これはレイトマジョリティ層には少ない(と思われる)人々である。どうすれば、この矛盾を解消できるだろう?

 マーク・ローズウォーターが提唱する6分類は、答えの1つだ。

 そもそも現在の日本のスマホゲームで、MtGの開発チームほど体系的にユーザーのペルソナを分析しているタイトルはあるだろうか? ガチャに新規キャラクターを追加するとき、どのようにパラメーターを決めているだろう。ディレクターのセンスや直観任せになっている開発チームのほうが多いのではないだろうか?

 スマホゲームでは、売上の大部分をごく一部の高額課金者が支えている。MtGのペルソナ分類でいえば、スパイクの傾向が強い人々だ。売上を確保するためには、まず彼らを喜ばせなければならない。結果として、強力なステータスを有したキャラクターが──メル・スパイク向けのキャラクターが──ガチャに追加されることになる。

 しかし、ユーザーがゲームに求めるものは「強さ」だけではない。

 MtGの開発チームでは、スパイクに対するティミーやジョニーとして、あるいはメルに対するヴォーソスとして、「強さ以外のものを求めるプレイヤー」を分類している。今後、レイトマジョリティ層が増えていくのなら、重視すべきはこういう人々であるはずだ。勝利や上位入賞以外のモノに価値を見出す人々であるはずだ。

 たとえばガチャに5体のキャラクターを追加するケースを考えてみよう。

 今まで通り、目玉賞品になる1体は強力なステータスを持ち、上位ランカーたちを喜ばせるものでいいだろう。

 問題は残りの4体だ。

 現状では、「目玉商品よりも少し弱くする」程度の調整が行われるだけという場合が珍しくない。ここに「ティミーやジョニーを喜ばせる」という目的意識を加えるだけで、そのゲームを楽しめるユーザー層はぐっと広がるはずだ。

 

 

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※『シャドウバース』のデイリーミッション。勝利が重視されている。

 

 また、ゲームシステムそのものにも改善の余地があるかもしれない。

 ほとんどのスマホゲームでは、勝つことに報酬が与えられる。それ自体は問題ない。しかし、報酬を得られるのはスパイク型のプレイヤーばかりで、ティミーやジョニーは何も得られない──。そんなゲームシステムになっていないだろうか。

 たとえば『シャドウバース』は、『ハースストーン』の影響を強く受けたゲームだ。そして『ハースストーン』はMtGスマホ向けに改善したようなゲームである。つまり『シャドバ』はMtGの直系の子孫にあたる作品であり、カードリストを眺めると、ティミーやジョニー向けのカードが含まれていることに気づかされる。《天空城》や《サハクィエル》のようなカードたちだ。

 ところが『シャドバ』では、ティミーやジョニーとして振る舞っても、報酬を得られない。

 ランクマッチを駆け上がるには勝利することが必須であり、また、デイリーミッションやアチーブメントでも、原則として勝利しなければ報酬を入手できない。たとえびっくりするようなコンボを決めても、勝てなければ自己満足にしかならないのだ。

 デイリーミッションにティミーやジョニー、ヴォーソス向けの内容を加えるだけでも、『シャドバ』は今よりも多面的に楽しめるゲームになるだろう。

 たとえば「1ターンで15点以上のダメージを相手リーダーに与える」とか、「体力30以上のフォロワーを場に出す(既に場に出ているフォロワーの体力を30以上にしてもよい)」とか。勝利を目指す場合とは別の方向で頭をひねらせるミッションに挑戦させるのだ。

 あるいはヴォーソス向けに、世界観を重視したミッションを与えてもいいかもしれない。《バハムート》には、神に近い存在であり破壊の象徴であるというフレーバーがある。ならば、それを対戦中に再現させるのだ。「バハムートのファンファーレ能力で4枚以上のカードを破壊する」のように。

(※ただし『シャドウバース』に関しては、意図的に「勝利」を重視させている可能性もある。売上を支えているのは高額課金者であり、勝利にこだわるスパイク傾向の強いユーザーたちだ。そういうユーザーへの転身をうながすため、あえて「勝利」以外ではあまり報酬を得られないゲームデザインになっているのかもしれない)

 

 

『Magic: the Gathering』は世界初のトレーディング・カードゲームであり、「カードを集めて自分だけのデッキを組む」というスタイルを確立した。現在のスマホゲームの多くは、MtGの遠い子孫だといえる。

 そしてMtGは、およそ四半世紀経った今でもサービス終了していない。

 短期間でオワコン化するスマホゲームが珍しくないことを考えると、この事実には畏敬の念を覚える。MtGが終わらなかった理由には、様々な要因があるだろう。しかし、プレイヤーのペルソナを体系的に分類し、勝利以外のことに喜びを見出すユーザーの存在に気づいたことは大きい。

 勝つことだけがMtGの面白さではない。

 コンボを探求したり、世界観を味わったり──。

 多様な楽しみ方が準備されている。

 今後、スマホゲーム市場にレイトマジョリティ層のユーザーが増えるのならば、MtGのノウハウから学ぶことは多いはずだ。

 

【2017/01/29 12:50 追記】
 ちょっと記事タイトルを煽り気味にしすぎたかな、と反省。この記事の主旨は「スパイク」「ティミー」「ジョニー」等のゲームデザイン用語を紹介することで、既存のスマホゲームを批判する意図はまったくない。私はシャドバ大好きである。念のため。

 

 

 

■参考■

Design Language | MAGIC: THE GATHERING

 I was game — デザインのための言葉(上記記事の和訳)

Designing For Timmy | MAGIC: THE GATHERING

 I was game — ティミーのためのデザイン(上記記事の和訳)

Designing For Johnny | MAGIC: THE GATHERING

 I was game — ジョニーのためのデザイン(上記記事の和訳)

Designing for Spike | MAGIC: THE GATHERING

 I was game — スパイクのためのデザイン(上記記事の和訳)

ヴォーソスとメル(メルヴィン)|マジック:ザ・ギャザリング

Timmy, Johnny, and Spike - MTG Wiki

 

[1]新年のご挨拶(株式会社ソーシャルインフォ 長谷部潤) | Social Game Info

[2]開発部の黒歴史・パート3|マジック:ザ・ギャザリング

[3]「モバマスとデレステをやめて二週間経った」女性Pが書いた記事が話題に! 愛が重いぜ・・・ | やらおん!

[4]デザイン演説2012|マジック:ザ・ギャザリング

 

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